さえそれでございましたから、今日になりましてはましてどこを頼みにして行く所がございましょう」
こんな話をするので、ますますみじめに見える髭男であった。
宮のお居間だったお座敷の戸を薫があけてみると、床には塵《ちり》が厚く積もっていたが、仏だけは花に飾られておわしました。姫君たちが看経《かんきん》したあとと思われる。畳などは皆取り払われてあるのであった。御自分に出家の遂げられる日があったならと、それに薫が追随して行くことをお許しになったことなどを思い出して、
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立ち寄らん蔭《かげ》と頼みし椎《しひ》が本《もと》むなしき床になりにけるかな
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と歌い、柱によりかかっている薫《かおる》を、若い女房などはのぞき見をしてほめたたえていた。
この近くの薫の領地の用を扱っている幾つかの所へ馬の秣《まぐさ》などを取りにやると、主人は顔も知らぬような田舎《いなか》男がおおぜい隊をなさんばかりにして山荘にいる薫へ敬意を表しに来た。見苦しいことであると薫は思ったのであるが、髭男を取り次ぎにして命じることだけを伝えさせた。この邸《やしき》のために今夜も用
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