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山風に霞《かすみ》吹き解く声はあれど隔てて見ゆる遠《をち》の白波
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漢字のくずし字が美しく書かれてあった。兵部卿の宮は、少なからぬ関心を持っておいでになる所からのおたよりとお知りになり、うれしく思召して、
「このお返事は私から出そう」
とお言いになって、次の歌をお書きになった。
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遠近《をちこち》の汀《みぎは》の波は隔つともなほ吹き通へ宇治の川風
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薫は自身でまいることにした。音楽好きな公達《きんだち》を誘って同船して行ったのであった。船の上では「酣酔楽《かんすいらく》」が奏された。
河に臨んだ廊の縁から流れの水面に向かってかかっている橋の形などはきわめて風雅で、宮の洗練された御趣味もうかがわれるものであった。右大臣の別荘も田舎《いなか》らしくはしてあったが、宮のお邸《やしき》はそれ以上に素朴《そぼく》な土地の色が取り入れられてあって、網代屏風《あじろびょうぶ》などというものも立っていた。寂《さび》の味の豊かにある室内の飾りもおもしろく、あるいは兵部卿の宮の初瀬|詣《もう》での御帰途
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