るのであるから、亡《な》き父宮への厚情からこんな辺鄙《へんぴ》な土地へまで遺族を訪《たず》ねてくれる志はうれしく思われて、少しいざって出た。薫は大姫君に持っている愛を語り、また宮が最後に御委託の言葉のあったのなどをこまごまとなつかしい調子で語っていて、荒く強いふうなどはない人であるからうとましい気などはしないのであるが、親兄弟でない人にこうして声を聞かせ、力にしてたよるように思われるふうになるのも、父君の御在世の時にはせずとよいことであったと思うと、大姫君はさすがに苦しい気がして恥ずかしく思われるのであったが、ほのかに一言くらいの返辞を時々する様子にも、悲しみに茫然《ぼうぜん》となっているらしいことが思われるのに薫は同情していた。御簾《みす》の向こうの黒い几帳《きちょう》の透《す》き影が悲しく、その人の姿はまして寂しい喪の色に包まれていることであろうと思い、あの隙見《すきみ》をした夜明けのことと思い比べられた。
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色変はる浅茅《あさぢ》を見ても墨染めにやつるる袖《そで》を思ひこそやれ
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これを独言《ひとりごと》のように言う薫であった。
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