はささやいて反感も持った。眠たかったからであろう。
 兵部卿の宮はまだ朝霧の濃く残っている刻にお起きになって、また宇治への消息をお書きになった。

[#ここから2字下げ]
朝霧に友惑はせる鹿の音《ね》を大方にやは哀れとも聞く

[#ここから1字下げ]
私の心から発するものは二つの鹿の声にも劣らぬ哀音です。
[#ここで字下げ終わり]
 というのである。
 風流遊びに身を入れ過ぎるのも余所見《よそみ》がよろしくない、父宮がついておいでになるというのを力にして、今まではそうした戯れに答えたりすることも安心してできたのであるが、孤児の境遇になって思わぬ過失を引き起こすようなことがあっては、ああして気がかりなふうに仰せられた自分たちのために、この世においでにならぬ御名にさえ疵《きず》をおつけすることになってはならぬと、何事にも控え目になっている女王はどちらからも返事をしなかった。この兵部卿の宮などは軽薄な求婚者と同じには女王たちも見ていなかった。ちょっとした走り書きの消息の文章にもお墨の跡にも美しい艶《えん》な趣の見えるのを、たくさんはそうした意味を扱った手紙を見てはいなかったが、これこそすぐれ
前へ 次へ
全52ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング