あそばすには及びません。人にはそれぞれ独立した宿命というものがあるのでございますから、あなた様は決して気がかりとあそばされることはないのでございます」
こう阿闍梨は言い、いよいよ恩愛の情をお捨てになることをお教え申し上げて、
「今になりまして、ここからお出になるようなことはなさらぬがよろしゅうございます」
といさめるのであった。これは八月の二十日ごろのことであった。深くものが身にしむ時節でもあって、姫君がたの心には朝霧夕霧の晴れ間もなく歎《なげ》きが続いた。有り明けの月が派手《はで》に光を放って、宇治川の水の鮮明に澄んで見えるころ、そちらに向いて揚げ戸を上げさせて、二人は外の景色《けしき》にながめ入っていると、鐘の声がかすかに響いてきた。夜が明けたのであると思っているところへ、寺から人が来て、
「宮様はこの夜中ごろにお薨《かく》れになりました」
と泣く泣く伝えた。その一つの報《し》らせが次の瞬間にはあるのでないかと、気にしない間もなかったのであったが、いよいよそれを聞く身になった姫君たちは失心したようになった。あまりに悲しい時は涙がどこかへ行くものらしい。二人の女王《にょおう》は
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