どもお思い出しになって、なぜ戯れ事にせよ、また運命がしからしめたにせよ、そうした誘惑に自分が打ち勝ちえないで、あの人を苦しめたのであろう、聡明《そうめい》な人であったから、十分の理解は持っていながらも、あくまで怨《うら》みきるということはなくて、どの人と交渉の生じた場合にも一度ずつはどうなることかと不安におびえたふうが見えたと院は回顧あそばされて、そうした煩悶《はんもん》を女王《にょおう》にさせたことを後悔される思いが胸からあふれ出るようにお感じになるのであった。
 そのころのことを見ていた人で、今も残っている女房は少しずつ当時の夫人の様子を話し出しもした。入道の宮が六条院へ入嫁になった時には、なんら色に出すことをしなかった夫人であったが、事に触れて見えた味気ないという気持ちの哀れであった中にも、雪の降った夜明けに、戸のあけられるまでを待つ間、身内も冷え切るように思われ、はげしい荒れ模様の空も自分を悲しくしたのであったが、はいって行くと、なごやかな気分を見せて迎えながらも、袖《そで》がひどく涙でぬれていたのを、隠そうと努めた夫人の美質などを、院は夜通し思い続けておいでになって、夢にでも十分にその姿を見ることができるであろうか、どんな世にまためぐり合うことができるのであろうかとばかりあこがれておいでになった。夜明けに部屋《へや》へさがって行く女房なのであろうが、
「まあずいぶん降った雪」
 と縁側で言うのが聞こえた。その昔の時のままなようなお気持ちがされるのであったが、夫人は御横にいなかった。なんという寂しいことであろうと院は思召《おぼしめ》した。

[#ここから2字下げ]
うき世にはゆき消えなんと思ひつつ思ひのほかになほぞ程《ほど》経《ふ》る
[#ここで字下げ終わり]

 こうした時を何かによって紛らわしておいでになる院は、すぐに召し寄せて手水《ちょうず》をお使いになった。女房たちは埋《うず》んでおいた火を起こし出して火鉢《ひばち》をおそばへおあげするのであった。中納言の君や中将の君はお居間に来てお話し相手を勤めた。
「独《ひと》り寝《ね》がなんともいえないほど寂しく思われる夜だった。これでも安んじていられる自分だのに、つまらぬ関係をたくさんに作ってきたものだ」
 とめいったふうに院は言っておいでになった。自分までもここを捨てて行ったなら、この人たちはどんなに憂鬱《
前へ 次へ
全15ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング