。少女時代から自分が育て上げてきた人といっしょに年をとってしまった今になって、一人だけが残されて一方が亡《な》くなってしまったということが、みずから憐《あわれ》まれもし、故人を悲しまれもして、その時あの時と、あの人の感情の美しさの現われた時とかあの人の芸術とか複雑にいろいろなことが思わせられるために、深い哀愁に落ちていくのです」
 などと、夜がふけるまで、昔をも今をも話しておいでになって、このまま明石夫人のところで泊まっていってもよい夜であるがとはお思いになりながら院のお帰りになるのを見て、明石夫人は一抹《いちまつ》の物足りなさを感じたに違いない。院も御自身のことではあるが、怪しく変わってしまった心であるとお思いになった。
 お帰りになるとまた仏勤めをあそばして夜中ごろに昼のお居間で仮臥《かりぶし》のようにしてお寝《やす》みになった。
 翌朝早く院は明石《あかし》夫人へ手紙をお書きになった。

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泣く泣くも帰りにしかな仮の世はいづくもつひのとこよならぬに
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 という歌であった。昨夜《ゆうべ》の院のお仕打ちは恨めしかったのであるが、こんなふうに別人であるように悲しみに疲れておいでになる御様子を思っては自身のことはさしおいて明石は涙ぐまれるのであった。

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かりがゐし苗代水の絶えしよりうつりし花の影をだに見ず
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 いつも変わらぬ明石の返歌の美しい字を御覧になっても、この人を無礼な闖入者《ちんにゅうしゃ》のように初めは思っていた女王が、近年になって互いに友情を持ち合うようになり、自尊心を傷つけない程度の交わりをしていたのであるが、明石はそれとも気がつかなかったであろうなどとも院は来し方のことを思っておいでになった。お寂しくてならぬ時にだけは明石夫人のその場合のような簡単な訪問を夫人たちの所へあそばされる院でおありになった。妻妾《さいしょう》と夜を共にあそばすようなことはどこでもないのである。
 夏の更衣《ころもがえ》に花散里《はなちるさと》夫人からお召し物が奉られた。

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夏ごろもたちかへてける今日ばかり古き思ひもすすみやはする
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 この歌が添えられてあった。お返事、

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羽衣のうすきにかはる今日よりは空蝉《
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