女房たちが大将の給仕をした。今まで婦人がただけのお住居《すまい》であって、規律のくずれていたのを引き締めて、少数の侍を巧みに使い不都合のないようにしているのも、皆一人の大和守が利巧《りこう》な男だからである。こうして思いがけず勢力のある宮の御良人《ごりょうじん》がおできになったことを聞いて、もとは勤めていなかった家司《けいし》などが突然現われて来て事務所に詰め、仕事に取りかかっていた。
 実質はともかくも、この家の主人らしい生活を大将が一条で始めている数日間を、三条の夫人はもう捨てられ果てたもののように見て、これほど愛をことごとく新しい人に移すこともしないであろうと信頼していたのは自分の誤解であった、忠実であった良人がほかに恋人のできた時は、愛の痕跡《こんせき》も残さず変わってしまうものだと人の言うのは嘘《うそ》でないと、苦しい体験をはじめてするという気もしてこの侮辱にじっと堪えていることはできないことであると思って、父の大臣家へ方角|除《よ》けに行くと言って邸《やしき》を出て行った。女御《にょご》が実家に帰っている時でもあったから、姉君にも逢《あ》って、悩ましい気持ちの少し紛らすこともできた雲井《くもい》の雁《かり》夫人は、平生のようにすぐ翌日に邸へ帰るようなこともせず父の家の客になっていた。これはすぐに左大将へも聞こえて行った。そんなことがあるようにも予感されたことである、はげしい性質の人であるからと大将は思った。大臣もまたりっぱな人物でありながら大人《たいじん》らしい寛大さの欠けた性格であるから、一徹に目にものを見せようとされないものでもない、失敬である、もう絶交するというような態度をとられて、家庭の醜態が外へ知られることになってはならぬと驚いて、三条へ帰って見ると、子供は半分ほどあとに残されているのであった。姫君たちと幼少な子だけを夫人はつれて行ったのである。父を見つけて喜んでまつわりに来る子もあれば、母を恋しがって泣く子もあるのを、大将は心苦しく思った。手紙をたびたびやって迎えの車を出すが、夫人からは返事もして来なかった。こうして妻に意地を張られるようなことは、自分らの貴族の間にはないことであるがと、うとましく思いながらも、大臣へ対しての義理を思って、日の暮れるのを待って自身で夕霧は迎えに行った。
「寝殿にいらっしゃいます」
 ということで、平生行って使っている座敷のほうには女房だけがいた。男の子供たちだけは乳母《めのと》に添ってここにいた。
「今さら若々しい態度をとるあなたではありませんか。かわいい人たちをあちらこちらへ置きはなしにして、自身は寝殿でお姫様に帰った気でいられるあなたの気持ちは解釈に苦しむ。私への愛情がそんなふうに少ないとは私にもわかっているのですが、昔からあなたにばかり惹《ひ》かれる心を私は持っているし、今ではおおぜいのかわいそうな子供ができているのですから、二人の結合のゆるむことはないと信じていたのに、ちょっとしたことにこだわって、こんな扱いを私になさることはいいことだろうか」
 取り次ぎによって夕霧はこう妻を責めた。
「もうすべてのことがお気に入らないものになってしまったのですから、お困りになる私の性質は今さら直す必要もないと思います。かわいそうな子供たちだけを愛してくださればうれしく思います」
 と夫人は返事をさせた。
「おとなしい御|挨拶《あいさつ》だ。結局はだれの不名誉になることとお思いになるのだろう」
 と言って、しいて夫人の出て来ることも求めずに、この晩は一人で寝ることにした。どちらつかずの境遇になったと思いながら、子供たちをそばへ寝させて大将は女二《にょに》の宮《みや》の御様子も想像するのであった。どんなにまた煩悶《はんもん》をしておいでになる夜であろうなどと考えると苦しくなって、こんな遣《や》る瀬《せ》ない苦しみばかりをせねばならぬ恋というものをなぜおもしろいことに人は思うのであろうと、懲りてしまいそうな気もした。夜が明けた時に、
「こんなことを若夫婦のように言い合っているのも恥ずかしいことですから、だめならだめとあきらめますが、もう一度だけもとどおりになってほしいという私の希望をいれたらどうですか。三条にいる小さい人たちもかわいそうな顔をして母を恋しがっていましたが、選《よ》って残しておいでになったのにはそれだけの考えがあるのでしょうから、あなたに愛されない子供達を私の手でどうにか育てましょう」
 とまた多少|威嚇《いかく》的なことを夫人へ言ってやった。一本気なこの人は自分の生んだ子供たちまでもほかの家へつれて行くかもしれぬという不安を夫人は覚えた。
「姫君を本邸のほうへ帰してください。顔を見に来ることもこうしたきまりの悪い思いを始終しなければならないことですから、たびたびはよう
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