て、宮様に、こんなふうに死が迫っているということを申し上げてください。どうした前生の因縁からこんなに道にはずれた思いが心に染《し》みついた私だろう」
 泣く泣く病床へ衛門督は膝行《いざ》り入るのであった。平生はいつまでもいつまでも小侍従を前に置いて、宮のお噂《うわさ》を一つでも多く話させたいようにする人であるのに、今日は言葉も少ないではないかと思うのも物哀れで、小侍従は出て行けない気がした。容体を伯母《おば》の乳母《めのと》も話して大泣きに泣いていた。大臣などの心痛は非常なもので、
「昨日今日少しよかったようだったのに、どうしてこんなにまた弱ったのだろう」
 と騒いでいた。
「そんなに御心配をなさることはありません。どうせもう私は死ぬのですから」
 と衛門督《えもんのかみ》は父に言って、自身もまた泣いていた。
 女三の宮はこの日の夕方ごろから御異常の兆《きざし》が見え出して悩んでおいでになるので、経験のある人たちがそれと気づき、騒ぎ出して院へ御報告をしたので、院は驚いてこちらの御殿へおいでになった。お心のうちではなんら不純なことがなくて、こうしたことにあうのであったら、珍しくてうれしいであろうと思召《おぼしめ》されるのであったが、人にはそれを気どらすまいと思召すので、修験の僧などを急に迎えることを命じたりしておいでになった。修法のほうはずっと前から続いて行なわれているので、祈祷《きとう》の効験をよく現わすものばかりを今度はお集めになって加持をさせておいでになった。一晩じゅうお苦しみになって日の昇るころにお産があった。男君であるということをお聞きになって、また院は隠れた秘密を容貌《ようぼう》の似た点などでだれの目にも映りやすい男であることが、苦しい、女はよく紛らすこともできるし、多くの人が顔を見るのでないからいいのであるがとお思いになった。しかし素姓の紛らわしいことは男の身にあってもよいが、どんな高貴な方の母になるかもしれぬ女性は生まれが確かでなければならぬ点から言えば、これがかえってよいかもしれぬとまたお思い返しになった。忘れることもない自分の罪のこれが報いであろう、この世でこうした思いがけぬ罰にあっておけば、後世《ごせ》で受ける咎《とが》は少し軽くなるかもしれぬなどとお考えになった。
 宮の秘密はだれ一人知らぬことであったから、尊貴な内親王を母にして最後にお設けになった若君を、院はどんなにお愛しになるだろうという想像をして、家司《けいし》たちは大がかりな仕度《したく》を御出産祝いにした。六条院の各夫人から産室への見舞い品、祝品はさまざまに意匠の凝らされたものであった。折敷《おしき》、衝重《ついがさね》、高杯《たかつき》などの作らせようにも皆それぞれの個性が見えた。五日の夜には中宮《ちゅうぐう》のお産養《うぶやしない》があった。母宮のお召し料をはじめとして、それぞれの階級の女房たちへ分配される物までも、お后《きさき》のあそばすことらしく派手《はで》にそろえておつかわしになったのである。産婦の宮への御|粥《かゆ》、五十組の弁当、参会した諸官吏への饗応《きょうおう》の酒肴《しゅこう》、六条院に奉仕する人々、院の庁の役人、その他にまでも差等のあるお料理を交付された。院の殿上人とともに中宮職の諸員は大夫《たゆう》をはじめ皆参っていた。七日の夜には宮中からのお産養があった。これも朝廷のお催しで重々しく行なわれたのである。太政大臣などはこの祝賀に喜んで奔走するはずの人であったが、子息の大病のためにほかのことを思う間もないふうで、ただ普通に祝品を贈って来ただけであった。宮がたや高官の参賀も多かった。
 院内にもこの若君を珍重する空気が濃厚に作られていながら、院のお心にだけは羞恥《しゅうち》をお感じになるようなところがあって、宴席をはなやかにすることなどはお望みになれないで、音楽の遊びなどは何もなかった。女三の宮は弱いお身体《からだ》で恐ろしい大役の出産をあそばしたあとであったから、まだ米湯《おもゆ》などさえお取りになることができなかった。御自身の薄命であることをこの際にもまた深くお思われになって、この衰弱の中で死んでしまいたいともお思いになるのであった。院は人から不審を起こさせないことを期して、上手《じょうず》に表面は繕っておいでになるが、生まれたばかりの若君を特に見ようともなされないのを、老いた女房などは、
「御愛情が薄いではありませんか。久しぶりにお持ちになった若様が、こんなにまできれいでいらっしゃるのに」
 などと言っているのを、宮は片耳におはさみになって、この薄いと言われておいでになる愛情は、成長するにつれてますます薄くなるであろうと、院がお恨めしく、過去の御自身も恨めしくて、尼になろうというお心が起こった。夜などもこちらの御殿で院
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