き方があるかと大将の心は驚かされた。深く精進を積んだ跡がよく現われたことによって院は安心をあそばされて夫人をうれしくお思いになった。十三絃の琴は他の楽器の音の合い間合い間に繊細な響きをもたらすのが特色であって、女御の爪音《つまおと》はその中にもきわめて美しく艶《えん》に聞こえた。琴は他に比べては洗練の足らぬ芸と思われたが、お若い稽古《けいこ》盛りの年ごろの方であったから、確かな弾き方はされて、ほかの楽器と交響する音もよくて、上達されたものであると大将も思った。この人が拍子を取って歌を歌った。院も時々扇を鳴らしてお加えになるお声が昔よりもまたおもしろく思われた。少し無技巧的におなりになったようである。大将も美音の人で、夜のふけてゆくにしたがって音楽|三昧《ざんまい》の境地が作られていった。月がややおそく出るころであったから、燈籠《とうろう》が庭のそこここにともされた。院が宮の席をおのぞきになると、人よりも小柄なお姿は衣服だけが美しく重なっているように見えた。はなやかなお顔ではなくて、ただ貴族らしいお美しさが備わり、二月二十日ごろの柳の枝がわずかな芽の緑を見せているようで、鶯《うぐいす》の羽風にも乱れていくかと思われた。桜の色の細長を着ておいでになるのであるが、髪は右からも左からもこぼれかかってそれも柳の糸のようである。これこそ最上の女の姿というものであろうと院はおながめになるのであったが、女御には同じような艶《えん》な姿に今一段光る美の添って見える所があって、身のとりなしに気品のあるのは、咲きこぼれた藤《ふじ》の花が春から夏に続いて咲いているころの、他に並ぶもののない優越した朝ぼらけの趣であると院は御覧になった。この人は身ごもっていて、それがもうかなりに月が重なって悩ましいころであったから、済んだあとでは琴を前へ押しやって苦しそうに脇息《きょうそく》へよりかかっているのであるが、背の高くない身体《からだ》を少し伸ばすようにして、普通の大きさの脇息へ寄っているのが気の毒で、低いのを作り与えたい気もされて憐《あわれ》まれた。紅梅の上着の上にはらはらと髪のかかった灯《ほ》かげの姿の美しい横に、紫夫人が見えた。これは紅紫かと思われる濃い色の小袿《こうちぎ》に薄|臙脂《えんじ》の細長を重ねた裾《すそ》に余ってゆるやかにたまった髪がみごとで、大きさもいい加減な姿で、あたりがこの人の美から放射される光で満ちているような女王《にょおう》は、花にたとえて桜といってもまだあたらないほどの容色なのである。こんな人たちの中に混じって明石夫人は当然見劣りするはずであるが、そうとも思われぬだけの美容のある人で、聡明《そうめい》らしい品のよさが見えた。柳の色の厚織物の細長に下へ萌葱《もえぎ》かと思われる小袿《こうちぎ》を着て、薄物の簡単な裳《も》をつけて卑下した姿も感じがよくて侮《あな》ずらわしくは少しも見えなかった。青地の高麗錦《こまにしき》の縁《ふち》を取った敷き物の中央にもすわらずに琵琶《びわ》を抱いて、きれいに持った撥《ばち》の尖《さき》を絃《いと》の上に置いているのは、音を聞く以上に美しい感じの受けられることであって、五月《さつき》の橘《たちばな》の花も実もついた折り枝が思われた。いずれもつつましくしているらしい内のものの気配《けはい》に大将の心は惹《ひ》かれるばかりであった。紫の女王の美は昔の野分《のわき》の夕べよりもさらに加わっているに違いないと思うと、ただその一事だけで胸がとどろきやまない。女三《にょさん》の宮《みや》に対しては運命が今少し自分に親切であったなら、自身のものとしてこの方を見ることができたのであったと思うと、自身の臆病《おくびょう》さも口惜《くちお》しかった。朱雀《すざく》院からはたびたびそのお気持ちを示され、それとなく仰せになったこともあったのであるがと思いながらも、よく隙《すき》の見えることを知っていては女王に惹かれたほど心は動きもしないのであった。女王とはだれも想像ができぬほど遠い間隔のある所に置かれている大将は、その忘れがたい感情などは別として、せめて自分の持つ好意だけでも紫の女王に認めてもらうだけを望んでできないのを考えては煩悶《はんもん》しているのである。あるまじい心などはいだいていない、その思いを抑制することはできる人である。
 夜がふけてゆくらしい冷ややかさが風に感ぜられて臥待月《ふしまちづき》が上り始めた。
「たよりない春の朧《おぼろ》月夜だ。秋のよさというのもまたこうした夜の音楽と虫の音がいっしょに立ち上ってゆく時にあるものだね」
 と院は大将に向かってお言いになった。
「秋の明るい月夜には、音楽でも何の響きでも澄み通って聞こえますが、あまりきれいに作り合わせたような空とか、草花の露の色とかは、専念に深く音楽
前へ 次へ
全32ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング