ばかり」
 と、お言いになって、几帳を横へお引きになると、明石は清い顔をして中の柱に品よくよりかかっているのであった。先刻《さっき》の箱もあわてて隠すのが恥ずかしく思われてそのままにしてあった。
「何の箱ですか。恋する男が長い歌を詠《よ》んで封じて来たもののような気がする」
 院がこうお言いになると、
「いやな御想像でございますね。御自身がお若返りになりましたので、私どもさえまで承ったこともないような御冗談をこのごろは伺います」
 と明石は言って微笑を見せていたが、悲しそうな様子は瞭然《りょうぜん》とわかるのであったから、不思議にお思いになるふうのあるのに困って、明石が言った。
「あの明石の岩窟《いわや》から、そっとよこしました経巻とか、まだお酬《むく》いのできておりません願文の残りとかなのでございますが、姫君にも昔のことをお話しする時があれば、これもお目にかけたらどうかと申してもまいっているのでございますが、ただ今はまだそうしたものを御覧なさいます時期でもないのでございますから、お手をおつけになりません」
 お聞きになって、娘と母に悲しい表情の見えるのももっともであるとお思いになった
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