ともしがたい恋しく苦しい心の慰めに、大将は猫を招き寄せて、抱き上げるとこの猫にはよい薫香《たきもの》の香が染《し》んでいて、かわいい声で鳴くのにもなんとなく見た人に似た感じがするというのも多情多感というものであろう。
院がこの若い二人の高官のいるほうを御覧になって、
「高官たちの席があまりに軽々しい。こちらへおいでなさい」
とお言いになって、対のほうの南の座敷へおはいりになったので人々も皆従って行った。兵部卿の宮はまた室《へや》の中へ院とごいっしょに席を移してお落ち着きになった。高官らもごいっしょである。殿上役人たちは敷き物を得て縁側の座に着いた。饗応《きょうおう》というふうでなく椿餠《つばきもち》、梨《なし》、蜜柑《みかん》などが箱の蓋《ふた》に載せて出されてあったのを、若い人たちは戯れながら食べていた。乾物類の肴《さかな》でお座敷の人々へは酒杯が勧められた。衛門督はじっと思い入ったふうをしていて、ともすれば庭の桜へ目をやった。大将はあの場を共に見た人であったから、衛門督が作っている幻の何であるかがわかる気もするのであった。軽々しくあまりな端近へ出ておられたものであると大将は姫宮をお思いした。あれだけの方がなされることでもないのであるがと思われてくるにしたがって、今まで不可解であったことに合点のゆく気もした。そんな欠点がおありになるために、世間でたいした方のようにいう割合に院の御愛情が薄いという理由が発見されたのである。貴女らしいお慎みが足らず、無邪気であることは可憐《かれん》なものだが、その人の良人《おっと》になっては安心のできないことであろうと軽侮する念も起こった。衛門督は道義も何も思わぬ盲目的な情熱に燃えていた。思いも寄らぬ物の間からほのかながらも確かにその方を見ることができたのも、自分の長い間の恋の祈りが神仏に受け入れられた結果であろうと、こんな解釈をしながらも、ただそれが瞬間のことであったのを残念がった。
院は座中の人に昔の話をいろいろあそばして、
「太政大臣は私の相手で勝負をよく争われたものだが、蹴鞠《けまり》の技術だけはとうてい自分が敵することのできぬ巧さがおありになった。親のすべてが子に現われてくるものではなかろうが、やはり芸の道だけは不思議によく伝わるものだね。あなたの今日のできばえはたいしたものだった」
と衛門督へお言いになると、微笑を
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