》の所へ帰った。
東宮から早く参るようにという御催促のしきりにあるのを、
「ごもっともですわね。若宮様もいらっしゃるのですもの、どんなに早くお逢《あ》いあそばしたいでしょう」
と紫夫人も言って、院は若宮を東宮へお上《のぼ》らせする用意をしておいでになった。桐壺の方は退出のお許しが容易に得られなかったのに懲りて、この機会に今しばらく実家の人になっていたい気持ちでいるのである。小さい身体《からだ》で女の大難を経てきたのであったから、少し顔が痩《や》せ細って非常に艶《えん》な姿になっていた。
「はっきりとなさいませんから、もう少しこちらで御養生をなさいますほうがいいと思います」
と言うのは明石夫人の意見であった。
「少し細られたこの姿をお目にかけるのはかえってまたよい結果のあるものなのだ」
などと院は言っておいでになるのである。明石は紫の女王《にょおう》などが対へ帰ったあとの静かな夕方に、姫君のそばへ来て、文書のはいった沈《じん》の木箱を見せ、入道のことを語るのであった。
「すべてのことが成り終わりますまでは、こんな物をお目にかけないほうがいいのかもしれませんが、人の命は無常なものでございますからね。何も御承知にならぬうちに私が亡《な》くなりますことがありましても、必ずしも臨終にあなた様のおいでがいただける身の上でもございませんから、とにかく健在なうちにこうしたこともお聞かせしておくほうがよいと存じまして、それに字が悪くて読みにくいものでございますがこの手紙もお見せすることにいたしましたから、御覧なさいませ。この箱の中の願文《がんもん》はお居間の置き棚《だな》などへしまってお置きになりまして、何をなさることも可能な時がまいりましたら、これに書かれてございます神様などへ入道がいたしました願のお酬《むく》いをなすってくださいませ。他人にはお話をなさらないほうがよろしゅうございます。私はもうあなたのお身の上で何が不安ということもなくなったのでございますから、尼になりたい気がしきりにいたすのでございまして、長くお世話を申し上げることはできないでございましょう。あなたは対のお母様の御恩をお忘れになってはいけませんよ。ありがたい方でございます。拝見いたしまして、ああしたりっぱな人格の方は必ず命も長くお恵まれになるだろうと思っております。あなたとごいっしょにおりますことはあなた
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