を袖《そで》の中へ入れて香《におい》をしめていた。ちょうどよいほどに着なれた衣服に身を装うた大将は、源氏の美貌《びぼう》の前にこそ光はないが、くっきりとした男性的な顔は、平凡な階級の男の顔ではなかった。貴族らしい風采《ふうさい》である。侍所《さむらいどころ》に集っている人たちが、
「ちょっと雪もやんだようだ。もうおそかろう」
 などと言って、さすがに真正面から促すのでなく、主人《あるじ》の注意を引こうとするようなことを言う声が聞こえた。中将の君や木工《もく》などは、
「悲しいことになってしまいましたね」
 などと話して、歎《なげ》きながら皆床にはいっていたが、夫人は静かにしていて、可憐なふうに身体《からだ》を横たえたかと見るうちに、起き上がって、大きな衣服のあぶり籠《かご》の下に置かれてあった火入れを手につかんで、良人の後ろに寄り、それを投げかけた。人が見とがめる間も何もないほどの瞬間のことであった。大将はこうした目にあってただあきれていた。細かな灰が目にも鼻にもはいって何もわからなくなっていた。やがて払い捨てたが、部屋じゅうにもうもうと灰が立っていたから大将は衣服も脱いでしまった。正
前へ 次へ
全51ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング