ろうか」
 若々しくておきれいな所は源氏と同じである。源氏と思ってお話を申し上げようと尚侍は思った。陛下が好意と仰せられるのは、去年尚侍になって以来、まだ勤労らしいことも積まずに、三位《さんみ》に玉鬘を陞叙《しょうじょ》されたことである。紫は三位の男子の制服の色であった。

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「いかならん色とも知らぬ紫を心してこそ人はそめけれ
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 ただ今から改めて御恩を思います」
 と尚侍が言うと、帝は微笑をあそばして、
「その今からということがだめになったのだからね。私に抗議する人があれば理論が聞きたい。私のほうが先にあなたを愛していたのだから」
 と恨みをお告げになる。言葉の遊戯ではなく皆まじめに思召《おぼしめ》すらしいのであったから、尚侍は困ったことであると思った。自分が陛下の愛に感激しているほんとうの気持ちなどはお見せすべきでない。帝といえども男性に共通した弱点は持っておいでになるのであるからと考えて、玉鬘《たまかずら》はただきまじめなふうで黙って侍していた。帝はもう少し突込んだ恋の話もしたく思召してここへおいでになったのであるが、それがお言い出せにならないで、そのうち馴《な》れてくるであろうからと見ておいでになった。大将は帝が曹司へおいでになったと聞いて危険がることがいよいよ急になって、退出を早くするようにとしきりに催促をしてきた。もっともらしい口実も作って実父の大臣を上手《じょうず》に賛成させ、いろいろと策動した結果、ようやく今夜退出する勅許を得た。
「今夜あなたの出て行くのを許さなければ、懲りてしまって、これきりあなたをよこしてくれない人があるからね。だれよりも先にあなたを愛した人が、人に負けて、勝った男の機嫌《きげん》をとるというようなことをしている。昔の何とかいった男(時平に妻を奪われた平貞文《たいらのさだふみ》の歌、昔せしわがかねごとの悲しきはいかに契りし名残《なごり》なるらん)のように、まったく悲観的な気持ちになりますよ」
 と仰せになって、真底《しんそこ》からくやしいふうをお見せになった。聞こし召したのに数倍した美貌《びぼう》の持ち主であったから、初めにそうした思召しはなくっても、この人を御覧になっては公職の尚侍としてだけでお許しにならなかったであろうと思われるが、まして初めの事情がそうでもなかったのであったから、帝は妬《ねた》ましくてならぬ御感情がおありになって、最初の求婚者の権利を主張あそばしたくなるのを、あさはかな恋と思われたくないと御自制をあそばして、熱情を認めさせようとしてのお言葉だけをいろいろに下された。こうしてなつけようとあそばす御好意がかたじけなくて、結婚しても自分の心は自分の物であるのに、良人《おっと》にことごとく与えているものでないのにと玉鬘は思っていた。輦車《れんしゃ》が寄せられて、内大臣家、大将家のために尚侍の退出に従って行こうとする人たちが、出立ちを待ち遠しがり、大将自身もむつかしい顔をしながら、人々へ指図《さしず》をするふうにしてその辺を歩きまわるまで帝は尚侍の曹司をお離れになることができなかった。
「近衛《ちかきまもり》過ぎるね。これでは監視されているようではないか」
 と帝はお憎みになった。

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九重《ここのへ》に霞《かすみ》隔てば梅の花ただかばかりも匂《にほ》ひこじとや
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 何でもない御歌であるが、お美しい帝が仰せられたことであったから、特別なもののように尚侍には聞かれた。
「私は話し続けて夜が明かしたいのだが、惜しんでいる人にも、私の身に引きくらべて同情がされるからお帰りなさい。しかし、どうして手紙などはあげたらいいだろう」
 と御心配げに仰せられるのがもったいなく思われた。

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かばかりは風にもつてよ花の枝《え》に立ち並ぶべき匂《にほ》ひなくとも
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 と言って、さすがに忘られたくない様子の女に見えるのを哀れに思召しながら、顧みがちに帝はお立ち去りになった。
 すぐに大将は自邸へ玉鬘《たまかずら》を伴おうと思っているのであるが、初めから言っては源氏の同意が得られないのを知って、この時までは言わずに、突然、
「にわかに風邪《かぜ》気味になりまして、自宅で養生をしたく存じますが、別々になりましては妻も気がかりでございましょうから」
 と穏やかに了解を求めて、大将はそのまま尚侍《ないしのかみ》をつれて帰ったのであった。内大臣は婚家へ娘のにわかな引き取られ方を、形式上不満にも思ったが、小さなことにこだわっていては婿の大将の感情を害することになろうと思って、
「どちらでも私のほうの意志でどうすることもできない娘になっているのですから」
 という返事を内
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