ないようにと祈っていた。物怪《もののけ》につかれないほんとうの妻は愛すべき性質であるのを自分は知っているから我慢ができるのであるが、そうでもなかったら捨てて惜しくない気もすることであろうと大将は思っていた。大将は日が暮れるとすぐに出かける用意にかかったのである。大将の服装などについても、夫人は行き届いた妻らしい世話の十分できない人なのである。自分の着せられるものは流行おくれの調子のそろわないものだと大将は不足を言っていたが、きれいな直衣《のうし》などがすぐまにあわないで見苦しかった。昨夜《ゆうべ》のは焼け通って焦げ臭いにおいがした。小袖《こそで》類にもその臭気は移っていたから、妻の嫉妬《しっと》にあったことを標榜《ひょうぼう》しているようで、先方の反感を買うことになるであろうと思って、一度着た衣服を脱《ぬ》いで、風呂《ふろ》を立てさせて入浴したりなどして大将は苦心した。木工《もく》の君は主人《あるじ》のために薫物《たきもの》をしながら言う、
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「一人ゐて焦《こが》るる胸の苦しきに思ひ余れる焔《ほのほ》とぞ見し
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あまりに露骨な態度をおとりになりますから、拝見する私たちまでもお気の毒になってなりません」
袖で口をおおうて言っている木工の君の目つきは大将を十分にとがめているのであったが、主人《あるじ》のほうでは、どうして自分はこんな女などと情人関係を作ったのであろうとだけ思っていた。情けない話である。
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「うきことを思ひ騒げばさまざまにくゆる煙ぞいとど立ち添ふ
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ああした醜態が噂《うわさ》になれば、あちらの人も私を悪く思うようになって、どちらつかずの不幸な私になるだろうよ」
などと歎息《たんそく》を洩《も》らしながら大将は出て行った。中一夜置いただけで美しさがまた加わったように見える玉鬘であったから、大将の愛はいっそうこの一人に集まる気がして、自邸へ帰ることができずにそのままずっと玉鬘のほうにいた。大騒ぎして修法などをしていても夫人の病気は相変わらず起こって大声を上げて人をののしるようなことのある報知を得ている大将は、妻のためにもよくない、自分のためにも不名誉なことが必ず近くにいれば起こることを予想して、怖《おそ》ろしがって近づかないのである。邸《やしき》へ帰る時
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