た日光に恨み顔な草の露がきらきらと光っていた。空はすごく曇って、霧におおわれているのである。こんな景色《けしき》に対していて中将は何ということなしに涙のこぼれるのを押し込むように拭《ふ》いて咳《せき》払いをしてみた。
「中将が来ているらしい。まだ早いだろうに」
 と言って源氏は起き出すのであった。何か夫人が言っているらしいが、その声は聞こえないで源氏の笑うのが聞こえた。
「昔もあなたに経験させたことのない夜明けの別れを、今はじめて知って寂しいでしょう」
 と言っているのが感じよく聞こえた。女王の言葉は聞こえないのであるが、一方の言葉から推して、こうした戯れを言い合う今も緊張した間柄であることが中将にわかった。格子を源氏が手ずからあけるのを見て、あまり近くいることを遠慮して、中将は少し後へ退《の》いた。
「どうだったか、昨晩伺ったことで宮様はお喜びになったかね」
「そうでございました。何でもないことにもお泣きになりますからお気の毒で」
 と中将が言うと源氏は笑って、
「もう長くはいらっしゃらないだろう。誠意をこめてお仕えしておくがいい。内大臣はそんなふうでないと私へおこぼしになったことがある。華美なきらきらしいことが好きで、親への孝行も人目を驚かすようにしたい人なのだね。情味を持ってどうしておあげしようというようなことのできない人なのだよ。複雑な性格で、非常な聡明《そうめい》さで末世の大臣に過ぎた力量のある人だがね。まあそう言えばだれにだって欠点はあるからね」
 などと源氏は言うのであった。
「あの大風に中宮《ちゅうぐう》付きの役人は皆出て来ていたか、昨夜《ゆうべ》のことが不安だ」
 と言って、源氏は中将を見舞いに出すのであった。
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昨晩の風のきついころはどうしておいでになりましたか。私は少しそのころから身体《からだ》の調子がよろしゅうございませんのでただ今はまだ伺われません。
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 という挨拶《あいさつ》を持たせてやったのである。そこを立ち廊の戸を通って中宮の町へ出て行く若い中将の朝の姿が美しかった。東の対の南側の縁に立って、中央の寝殿を見ると、格子が二間ほどだけ上げられて、まだほのかな朝ぼらけに御簾《みす》を巻き上げて女房たちが出ていた。高欄によりかかって庭を見ているのは若い女房ばかりであった。打ち解けた姿でこうしたふうに出ていたりすることはよろしくなくても、これは皆きれいにいろいろな上着に裳《も》までつけて、重なるようにしてすわりながらおおぜいで出ているので感じのよいことであった。中宮は童女を庭へおろして虫籠《むしかご》に露を入れさせておいでになるのである。紫※[#「くさかんむり/宛」、第3水準1−90−92]《しおん》色、撫子《なでしこ》色などの濃い色、淡い色の袙《あこめ》に、女郎花《おみなえし》色の薄物の上着などの時節に合った物を着て、四、五人くらいずつ一かたまりになってあなたこなたの草むらへいろいろな籠を持って行き歩いていて、折れた撫子の哀れな枝なども取って来る。霧の中にそれらが見えるのである。お座敷の中を通って吹いて来る風は侍従香の匂《にお》いを含んでいた。貴女《きじょ》の世界の心憎さが豊かに覚えられるお住居《すまい》である。驚かすような気がして中将は出にくかったが、静かな音をたてて歩いて行くと、女房たちはきわだって驚いたふうも見せずに皆座敷の中へはいってしまった。宮の御入内《ごじゅだい》の時に童形《どうぎょう》で供奉《ぐぶ》して以来知り合いの女房が多くて中将には親しみのある場所でもあった。源氏の挨拶《あいさつ》を申し上げてから、宰相の君、内侍《ないし》などもいるのを知って中将はしばらく話していた。ここにはまたすべての所よりも気高《けだか》い空気があった。そうした清い気分の中で女房たちと語りながらも中将は昨日《きのう》以来の悩ましさを忘れることができなかった。
 帰って来ると南御殿は格子が皆上げられてあって、夫人は昨夜《ゆうべ》気にかけながら寝た草花が所在も知れぬように乱れてしまったのをながめている時であった。中将は階段の所へ行って、中宮のお返辞を報じた。
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荒い風もお防ぎくださいますでしょうと若々しく頼みにさせていただいているのでございますから、お見舞いをいただきましてはじめて安心いたしました。
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 というのである。
「弱々しい宮様なのだからね、そうだったろうね。女はだれも皆こわくてたまるまいという気のした夜だったからね、実際不親切に思召《おぼしめ》しただろう」
 と言って、源氏はすぐに御訪問をすることにした。直衣《のうし》などを着るために向こうの室の御簾《みす》を引き上げて源氏がはいる時に、短い几帳《きちょう》を近くへ寄せ
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