がしているのを、源氏は自身のほうへ引き寄せていた。髪の波が寄って、はらはらとこぼれかかっていた。女も困ったようなふうはしながらも、さすがに柔らかに寄りかかっているのを見ると、始終このなれなれしい場面の演ぜられていることも中将に合点《がてん》された。悪感《おかん》の覚えられることである、どういうわけであろう、好色なお心であるから、小さい時から手もとで育たなかった娘にはああした心も起こるのであろう、道理でもあるがあさましいと真相を知らない中将にこう思われている源氏は気の毒である。玉鬘は兄弟であっても同腹でない、母が違うと思えば心の動くこともあろうと思われる美貌であることを中将は知った。昨日見た女王《にょおう》よりは劣って見えるが、見ている者が微笑《ほほえ》まれるようなはなやかさは同じほどに思われた。八重の山吹《やまぶき》の咲き乱れた盛りに露を帯びて夕映《ゆうば》えのもとにあったことを、その人を見ていて中将は思い出した。このごろの季節のものではないが、やはりその花に最もよく似た人であると思われた。花は美しくても花であって、またよく乱れた蕊《しべ》なども盛りの花といっしょにあったりなどするものであるが、人の美貌はそんなものではないのである。だれも女房がそばへ出て来ない間、親しいふうに二人の男女は語っていたが、どうしたのかまじめな顔をして源氏が立ち上がった。玉鬘が、
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吹き乱る風のけしきに女郎花《をみなへし》萎《しを》れしぬべきここちこそすれ
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と言った。これはその人の言うのが中将に聞こえたのではなくて、源氏が口にした時に知ったのである。不快なことがまた好奇心を引きもして、もう少し見きわめたいと中将は思ったが、近くにいたことを見られまいとしてそこから退《の》いていた。源氏が、
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「しら露に靡《なび》かましかば女郎花荒き風にはしをれざらまし
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弱竹《なよたけ》をお手本になさい」
と言ったと思ったのは、中将の僻耳《ひがみみ》であったかもしれぬが、それも気持ちの悪い会話だとその人は聞いたのであった。
花散里《はなちるさと》の所へそこからすぐに源氏は行った。今朝《けさ》の肌《はだ》寒さに促されたように、年を取った女房たちが裁ち物などを夫人の座敷でしていた。細櫃《ほそびつ》の上で真綿をひろげている若い女房もあった。きれいに染め上がった朽ち葉色の薄物、淡紫《うすむらさき》のでき上がりのよい打ち絹などが散らかっている。
「なんですこれは、中将の下襲《したがさね》なんですか。御所の壺前栽《つぼせんざい》の秋草の宴なども今年はだめになるでしょうね。こんなに風が吹き出してしまってはね、見ることも何もできるものでないから。ひどい秋ですね」
などと言いながら、何になるのかさまざまの染め物織り物の美しい色が集まっているのを見て、こうした見立ての巧みなことは南の女王にも劣っていない人であると源氏は花散里を思った。源氏の直衣《のうし》の材料の支那《しな》の紋綾《もんあや》を初秋の草花から摘んで作った染料で手染めに染め上げたのが非常によい色であった。
「これは中将に着せたらいい色ですね。若い人には似合うでしょう」
こんなことも言って源氏は帰って行った。
面倒《めんどう》な夫人たちの訪問の供を皆してまわって、時のたったことで中将は気が気でなく思いながら妹の姫君の所へ行った。
「まだ御寝室にいらっしゃるのでございますよ。風をおこわがりになって、今朝《けさ》はもうお起きになることもおできにならないのでございます」
と、乳母《めのと》が話した。
「悪い天気でしたからね。こちらで宿直《とのい》をしてあげたかったのだが、宮様が心細がっていらっしゃったものですからあちらへ行ってしまったのです。お雛《ひな》様の御殿はほんとうにたいへんだったでしょう」
女房たちは笑って言う、
「扇の風でもたいへんなのでございますからね。それにあの風でございましょう。私どもはどんなに困ったことでしょう」
「何でもない紙がありませんか。それからあなたがたがお使いになる硯《すずり》を拝借しましょう」
と中将が言ったので女房は棚《たな》の上から出して紙を一巻き蓋《ふた》に入れて硯といっしょに出してくれた。
「これはあまりよすぎて私の役にはたちにくい」
と言いながらも、中将は姫君の生母が明石《あかし》夫人であることを思って、遠慮をしすぎる自分を苦笑しながら書いた。それは淡紫の薄様《うすよう》であった。丁寧に墨をすって、筆の先をながめながら考えて書いている中将の様子は艶《えん》であった。しかしその手紙は若い女房を羨望《せんぼう》させる一女性にあてて書かれるものであった。
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