仕して、多数の侍を従えて執務することのできるようになったことを豊後介は思いがけぬ大幸福を得たと思っていた。これらもすべて源氏が思いやり深さから起こったことと言わねばならない。
 年末になって、新年の室内装飾、春の衣裳《いしょう》を配る時にも、源氏は玉鬘を尊貴な夫人らと同じに取り扱った。どんなに思いのほかによい趣味を知った人と見えても、またどんなまちがった物の取り合わせをするかもしれぬという不安な気持ちもあって、玉鬘のほうへはすでに衣裳にでき上がった物を贈ることにしたが、その時にほうぼうの織物師が力いっぱいに念を入れて作り出した厚織物の細長や小袿《こうちぎ》の仕立てたのを源氏は手もとへ取り寄せて見た。
「非常にたくさんありますね。奥さんたちなどにもそれぞれよい物を選《え》って贈ることにしよう」
 と源氏が夫人に言ったので、女王は裁縫係の所にでき上がっている物も、手もとで作らせた物もまた皆出して源氏に見せた。紫の女王はこうした服飾類を製作させることに趣味と能力を持っている点ででも源氏はこの夫人を尊重しているのである。あちらこちらの打ち物の上げ場から仕上がって来ている糊《のり》をした打ち絹も源氏は見比べて、濃い紅《べに》、朱の色などとさまざまに分けて、それを衣櫃《ころもびつ》、衣服箱などに添えて入れさせていた。高級な女房たちがそばにいて、これをそれに、それをこれにというように源氏の命じるままに贈り物を作っているのであった。夫人もいっしょに見ていて、
「皆よくできているのですから、お召しになるかたのお顔によく似合いそうなのを見立てておあげなさいまし。着物と人の顔が離れ離れなのはよくありませんから」
 と言うと、源氏は笑って、
「素知らぬ顔であなたは着る人の顔を想像しようとするのですね。それにしてもあなたはどれを着ますか」
 と言った。
「鏡に見える自分の顔にはどの着物を着ようという自信も出ません」
 さすがに恥ずかしそうに言う女王であった。紅梅色の浮き模様のある紅紫の小袿《こうちぎ》、薄い臙脂紫《えんじむらさき》の服は夫人の着料として源氏に選ばれた。桜の色の細長に、明るい赤い掻練《かいねり》を添えて、ここの姫君の春着が選ばれた。薄いお納戸色に海草貝類が模様になった、織り方にたいした技巧の跡は見えながらも、見た目の感じの派手《はで》でない物に濃い紅の掻練を添えたのが花散里《はなちるさと》。真赤《まっか》な衣服に山吹《やまぶき》の花の色の細長は同じ所の西の対の姫君の着料に決められた。見ぬようにしながら、夫人にはひそかにうなずかれるところがあるのである。内大臣がはなやかできれいな人と見えながらも艶《えん》な所の混じっていない顔に玉鬘《たまかずら》の似ていることを、この黄色の上着の選ばれたことで想像したのであった。色に出して見せないのであるが、源氏はそのほうを見た時に、夫人の心の平静でないのを知った。
「もう着る人たちの容貌《きりょう》を考えて着物を選ぶことはやめることにしよう、もらった人に腹をたてさせるばかりだ。どんなによくできた着物でも物質には限りがあって、人の顔は醜くても深さのあるものだからね」
 こんなことも言いながら、源氏は末摘花《すえつむはな》の着料に柳の色の織物に、上品な唐草《からくさ》の織られてあるのを選んで、それが艶な感じのする物であったから、人知れず微笑《ほほえ》まれるのであった。梅の折り枝の上に蝶《ちょう》と鳥の飛びちがっている支那《しな》風な気のする白い袿《うちぎ》に、濃い紅の明るい服を添えて明石《あかし》夫人のが選ばれたのを見て、紫夫人は侮辱されたのに似たような気が少しした。空蝉《うつせみ》の尼君には青鈍《あおにび》色の織物のおもしろい上着を見つけ出したのへ、源氏の服に仕立てられてあった薄黄の服を添えて贈るのであった。同じ日に着るようにとどちらへも源氏は言い添えてやった。自身の選定した物がしっくりと似合っているかを源氏は見に行こうと思うのである。
 夫人たちからはそれぞれの個性の見える返事が書いてよこされ、使いへ出した纏頭《てんとう》もさまざまであったが、末摘花は東の院にいて、六条院の中のことでないから纏頭などは気のきいた考えを出さねばならぬのに、この人は形式的にするだけのことはせずにいられぬ性格であったから纏頭も出したが、山吹色の袿《うちぎ》の袖口《そでぐち》のあたりがもう黒ずんだ色に変色したのを、重ねもなく一枚きりなのである。末摘花女王《すえつむはなにょおう》の手紙は香の薫《かお》りのする檀紙《だんし》の、少し年数物になって厚く膨《ふく》れたのへ、
[#ここから1字下げ]
どういたしましょう、いただき物はかえって私の心を暗くいたします。

[#ここから2字下げ]
着て見ればうらみられけりから衣《ごろも》かへしやり
前へ 次へ
全14ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング