たりではそこかしこに篝火《かがりび》が焚《た》かれてあった。そうしてもう合奏が済んだ。
夜ふけになったのであるが、この機会に皇太后を御訪問あそばさないことも冷淡なことであると思召《おぼしめ》して、お帰りがけに帝はそのほうの御殿へおまわりになった。源氏もお供をして参ったのである。太后は非常に喜んでお迎えになった。もう非常に老いておいでになるのを、御覧になっても帝は御母宮をお思い出しになって、こんな長生きをされる方もあるのにと残念に思召された。
「もう老人になってしまいまして、私などはすべての過去を忘れてしまっておりますのに、もったいない御訪問をいただきましたことから、昔の御代《みよ》が忍ばれます」
と太后は泣いておいでになった。
「御両親が早くお崩《かく》れになりまして以来、春を春でもないように寂しく見ておりましたが、今日はじめて春を十分に享楽いたしました。また伺いましょう」
と陛下は仰せられ、源氏も御|挨拶《あいさつ》をした。
「また別の日に伺候いたしまして」
還幸の鳳輦《ほうれん》をはなやかに百官の囲繞《いにょう》して行く光景が、物の響きに想像される時にも、太后は過去の御自身
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