すか、理由《わけ》がわからない」
と言いながら、額髪《ひたいがみ》を手で払ってやり、憐《あわれ》んだ表情で夫人の顔を源氏がながめている様子などは、絵に描《か》きたいほど美しい夫婦と見えた。
「女院がお崩《かく》れになってから、陛下が寂しそうにばかりしておいでになるのが心苦しいことだし、太政大臣が現在では欠けているのだから、政務は皆私が見なければならなくて、多忙なために家《うち》へ帰らない時の多いのを、あなたから言えば例のなかったことで、寂しく思うのももっともだけれど、ほんとうはもうあなたの不安がることは何もありませんよ。安心しておいでなさい。大人になったけれどまだ少女のように思いやりもできず、私を信じることもできない、可憐《かれん》なばかりのあなたなのだろう」
などと言いながら、優しく妻の髪を直したりして源氏はいるのであったが、夫人はいよいよ顔を向こうへやってしまって何も言わない。
「若々しい我儘《わがまま》をあなたがするのも私のつけた癖なのだ」
歎息《たんそく》をして、短い人生に愛する人からこんなにまで恨まれているのも苦しいことであると源氏は思った。
「斎院との交際で何かあなたは疑っているのではないのですか。それはまったく恋愛などではないのですよ。自然わかってくるでしょうがね。昔からあの人はそんな気のないいっぷう変わった女性なのですよ。私の寂しい時などに手紙を書いてあげると、あちらはひまな方だから時々は返事をくださるのです。忠実に相手になってもくださらないと、そんなことをあなたにこぼすほどのことでもないから、いちいち話さないだけです。気がかりなことではないと思い直してください」
などと言って、源氏は終日夫人をなだめ暮らした。
雪のたくさん積もった上になお雪が降っていて、松と竹がおもしろく変わった個性を見せている夕暮れ時で、人の美貌《びぼう》もことさら光るように思われた。
「春がよくなったり、秋がよくなったり、始終人の好みの変わる中で、私は冬の澄んだ月が雪の上にさした無色の風景が身に沁《し》んで好きに思われる。そんな時にはこの世界のほかの大世界までが想像されてこれが人間の感じる極致の境だという気もするのに、すさまじいものに冬の月を言ったりする人の浅薄《あさはか》さが思われる」
源氏はこんなことを言いながら御簾《みす》を巻き上げさせた。月光が明るく地に落ちてすべての世界が白く見える中に、植え込みの灌木《かんぼく》類の押しつけられた形だけが哀れに見え、流れの音も咽《むせ》び声になっている。池の氷のきらきら光るのもすごかった。源氏は童女を庭へおろして雪まろげをさせた。美しい姿、頭つきなどが月の光にいっそうよく見えて、やや大きな童女たちが、いろいろな袙《あこめ》を着て、上着は脱いだ結び帯の略装で、もうずっと長くなっていて、裾《すそ》の拡《ひろ》がった髪は雪の上で鮮明にきれいに見られるのであった。小さい童女は子供らしく喜んで走りまわるうちには扇を落としてしまったりしている。ますます大きくしようとしても、もう童女たちの力では雪の球《たま》が動かされなくなっている。童女の半分は東の妻戸の外に集まって、自身たちの出て行けないのを残念がりながら、庭の連中のすることを見て笑っていた。
「昔|中宮《ちゅうぐう》がお庭に雪の山をお作らせになったことがある。だれもすることだけれど、その場合に非常にしっくりと合ったことをなさる方だった。どんな時にもあの方がおいでになったらと、残念に思われることが多い。私などに対して法《のり》を越えた御待遇はなさらなかったから、細かなことは拝見する機会もなかったが、さすがに尊敬している私を信用はしていてくだすった。私は何かのことがあると歌などを差し上げたが、文学的に見て優秀なお返事でないが、見識があるというよさはおありになって、お言いになることが皆深みのあるものだった。あれほど完全な貴女《きじょ》がほかにもあるとは思われない。柔らかに弱々しくいらっしゃって、気高《けだか》い品のよさがあの方のものだったのですからね。しかしあなただけは血縁の近い女性だけあってあの方によく似ている。少しあなたは嫉妬《しっと》をする点だけが悪いかもしれないね。前斎院の性格はまたまったく変わっておいでになる。私の寂しい時に手紙などを書く交際相手で敬意の払われる、晴れがましい友人としてはあの方だけがまだ残っておいでになると言っていいでしょう」
と源氏が言った。
「尚侍《ないしのかみ》は貴婦人の資格を十分に備えておいでになる、軽佻《けいちょう》な気などは少しもお見えにならないような方だのに、あんなことのあったのが、私は不思議でならない」
「そうですよ。艶《えん》な美しい女の例には、今でもむろん引かねばならない人ですよ。そんなことを思うと自
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