寝てしまった女王を置いて出て行くことはつらいことに源氏は思いながらも、もう御訪問の報《しら》せを宮に申し上げたのちであったから、やむをえず二条の院を出た。こんな日も自分の上にめぐってくるのを知らずに、源氏を信頼して暮らしてきたと寂しい気持ちに夫人はなっていた。喪服の鈍《にび》色ではあるが濃淡の重なりの艶《えん》な源氏の姿が雪の光《あかり》でよく見えるのを、寝ながらのぞいていた夫人はこの姿を見ることも稀《まれ》な日になったらと思うと悲しかった。前駆も親しい者ばかりを選んであったが、
「参内する以外の外出はおっくうになった。桃園の女五《にょご》の宮《みや》様は寂しいお一人ぼっちなのだからね、式部卿《しきぶきょう》の宮がおいでになった間は私もお任せしてしまっていたが、今では私がたよりだとおっしゃるのでね、それもごもっともでお気の毒だから」
 などと、前駆を勤める人たちにも言いわけらしく源氏は言っていたが、
「りっぱな方だけれど、恋愛をおやめにならない点が傷だね。御家庭がそれで済むまいと心配だ」
 とそうした人たちも言っていた。
 桃園のお邸《やしき》は北側にある普通の人の出入りする門をはいるのは自重の足りないことに見られると思って、西の大門から人をやって案内を申し入れた。こんな天気になったから、先触れはあっても源氏は出かけて来ないであろうと宮は思っておいでになったのであるから、驚いて大門をおあけさせになるのであった。出て来た門番の侍が寒そうな姿で、背中がぞっとするというふうをして、門の扉をかたかたといわせているが、これ以外の侍はいないらしい。
「ひどく錠が錆《さ》びていてあきません」
 とこぼすのを、源氏は身に沁《し》んで聞いていた。宮のお若いころ、自身の生まれたころを源氏が考えてみるとそれはもう三十年の昔になる、物の錆びたことによって人間の古くなったことも思われる。それを知りながら仮の世の執着が離れず、人に心の惹《ひ》かれることのやむ時がない自分であると源氏は恥じた。

[#ここから2字下げ]
いつのまに蓬《よもぎ》がもとと結ぼほれ雪ふる里と荒れし垣根《かきね》ぞ
[#ここで字下げ終わり]

 源氏はこんなことを口ずさんでいた。やや長くかかって古い門の抵抗がやっと征服された。
 源氏はまず宮のお居間のほうで例のように話していたが、昔話の取りとめもないようなのが長く続いて
前へ 次へ
全15ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング