ことができずに泣いていた。小さい姫君は非常に美しくて、夜光の珠《たま》と思われる麗質の備わっているのを、これまでどれほど入道が愛したかしれない。祖父の愛によく馴染んでいる姫君を入道は見て、
「僧形《そうぎょう》の私が姫君のそばにいることは遠慮すべきだとこれまでも思いながら、片時だってお顔を見ねばいられなかった私は、これから先どうするつもりだろう」
 と泣く。

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「行くさきをはるかに祈る別れ路《ぢ》にたへぬは老いの涙なりけり
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 不謹慎だ私は」
 と言って、落ちてくる涙を拭《ぬぐ》い隠そうとした。尼君が、京時代の左近中将の良人《おっと》に、

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「もろともに都は出《い》できこのたびや一人野中の道に惑はん」
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 と言って泣くのも同情されることであった。信頼をし合って過ぎた年月を思うと、どうなるかわからぬ娘の愛人の心を頼みにして、見捨てた京へ帰ることが尼君をはかなくさせるのであった。明石が、

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「いきてまた逢ひ見んことをいつとてか限りも知らぬ世をば頼まん
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