も使わせずに、時々源氏が来て休息をしたり、客を招いたりする座敷にしておいた。
 明石へは始終手紙が送られた。このごろは上京を促すことばかりを言う源氏であった。女はまだ躊躇《ちゅうちょ》をしているのである。わが身の上のかいなさをよく知っていて、自分などとは比べられぬ都の貴女《きじょ》たちでさえ捨てられるのでもなく、また冷淡でなくもないような扱いを受けて、源氏のために物思いを多く作るという噂《うわさ》を聞くのであるから、どれだけ愛されているという自信があってその中へ出て行かれよう、姫君の生母の貧弱さを人目にさらすだけで、たまさかの訪問を待つにすぎない京の暮らしを考えるほど不安なことはないと煩悶《はんもん》をしながらも明石は、そうかといって姫君をこの田舎《いなか》に置いて、世間から源氏の子として取り扱われないような不幸な目にあわせることも非常に哀れなことであると思って、出京は断然しないとも源氏へ答えることはできなかった。両親も娘の煩悶するのがもっともに思われて歎息《たんそく》ばかりしていた。入道夫人の祖父の中務卿《なかつかさきょう》親王が昔持っておいでになった別荘が嵯峨《さが》の大井川のそば
前へ 次へ
全29ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング