った所に生活のできることほどよいこともないようにこれまでから焦《こが》れていて、すぐに承諾して来た。源氏は田舎《いなか》下りをしてくれる宰相の娘を哀れに思って、いろいろと出立の用意をしてやっていた。
外出したついでに源氏はそっとわが子の新しい乳母の家へ寄った。快諾を伝えてもらったのであるが、なお女はどうしようかと煩悶《はんもん》していた所へ源氏みずからが来てくれたので、それで旅に出る心も慰んで、あきらめもついた。
「御意のとおりにいたします」
と言っていた。ちょうど吉日でもあったのですぐに立たせることに源氏はした。
「同情がないようだけれど、私は将来に特別な考えもある子なのだからね、それに私も経験して来た土地の生活だから、そう思ってまあ初めだけしばらく我慢をすれば馴《な》れてしまうよ」
と源氏は明石の入道家のことをくわしく話して聞かせた。母といっしょに父帝のおそばに来ていたこともあって、時々は見た顔であったが、以前に比べると容貌《ようぼう》が衰えていた。家の様子などもずいぶんひどい荒れ方になっている。さすがに広いだけは広いが気味悪く思われるほど木なども繁《しげ》りほうだいになっていて、こんな家にどうして暮らしてきたかと思われるほどである。若やかで美しいたちの女であったから、源氏が戯談《じょうだん》を言ったりするのにもおもしろい相手であった。
「私は取り返したい気がする。遠くへなどおまえをやりたくない。どう」
と言われて、直接源氏のそばで使われる身になれたなら、過去のどんな不幸も忘れることができるであろうと、物哀れな気持ちに女はなった。
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「かねてより隔てぬ中とならはねど別れは惜しきものにぞありける
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いっしょに行こうかね」
と源氏が言うと、女は笑って、
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うちつけの別れを惜しむかごとにて思はん方に慕ひやはせぬ
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と冷やかしもした。
京の間だけは車でやった。親しい侍を一人つけて、あくまでも秘密のうちに乳母《めのと》は送られたのである。守り刀ようの姫君の物、若い母親への多くの贈り物等が乳母に託されたのであった。乳母にも十分の金品が支給されてあった。源氏は入道がどんなに孫を大事がっていることであろうと、いろいろな場合を想像することで微笑がされた。母になった恋
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