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寄る波にたち重ねたる旅衣しほどけしとや人のいとはん
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 と書かれてあるのを見つけて、立ちぎわではあったが源氏は返事を書いた。

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かたみにぞかふべかりける逢ふことの日数へだてん中の衣を
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 というのである。
「せっかくよこしたのだから」
 と言いながらそれに着かえた。今まで着ていた衣服は女の所へやった。思い出させる恋の技巧というものである。自身のにおいの沁《し》んだ着物がどれだけ有効な物であるかを源氏はよく知っていた。
「もう捨てました世の中ですが、今日のお送りのできませんことだけは残念です」
 などと言っている入道が、両手で涙を隠しているのがかわいそうであると源氏は思ったが、他の若い人たちの目にはおかしかったに違いない。

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「世をうみにここらしほじむ身となりてなほこの岸をえこそ離れね
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 子供への申しわけにせめて国境まではお供をさせていただきます」
 と入道は言ってから、
「出すぎた申し分でございますが、思い出しておやりくださいます時がございました
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