こることでもあったし、祈祷《きとう》と御|精進《しょうじん》で一時およろしかった御眼疾もまたこのごろお悪くばかりなっていくことに心細く思召して、七月二十幾日に再度|御沙汰《ごさた》があって、京へ帰ることを源氏は命ぜられた。いずれはそうなることと源氏も期していたのではあるが、無常の人生であるから、それがまたどんな変わったことになるかもしれないと不安がないでもなかったのに、にわかな宣旨《せんじ》で帰洛《きらく》のことの決まったのはうれしいことではあったが、明石《あかし》の浦を捨てて出ねばならぬことは相当に源氏を苦しませた。入道も当然であると思いながらも、胸に蓋《ふた》がされたほど悲しい気持ちもするのであったが、源氏が都合よく栄えねば自分のかねての理想は実現されないのであるからと思い直した。
その時分は毎夜山手の家へ通う源氏であった。今年の六月ごろから女は妊娠していた。別離の近づくことによってあやにくなと言ってもよいように源氏は女を深く好きになった。どこまでも恋の苦から離れられない自分なのであろうと源氏は煩悶《はんもん》していた。女はもとより思い乱れていた。もっともなことである。思いがけぬ
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