。この家へ雷が落ちそうにも近く鳴った。もう理智《りち》で物を見る人もなくなっていた。
「私はどんな罪を前生で犯してこうした悲しい目に逢《あ》うのだろう。親たちにも逢えずかわいい妻子の顔も見ずに死なねばならぬとは」
 こんなふうに言って歎く者がある。源氏は心を静めて、自分にはこの寂しい海辺で命を落とさねばならぬ罪業《ざいごう》はないわけであると自信するのであるが、ともかくも異常である天候のためにはいろいろの幣帛《へいはく》を神にささげて祈るほかがなかった。
「住吉《すみよし》の神、この付近の悪天候をお鎮《しず》めください。真実|垂跡《すいじゃく》の神でおいでになるのでしたら慈悲そのものであなたはいらっしゃるはずですから」
 と源氏は言って多くの大願を立てた。惟光《これみつ》や良清《よしきよ》らは、自身たちの命はともかくも源氏のような人が未曾有《みぞう》な不幸に終わってしまうことが大きな悲しみであることから、気を引き立てて、少し人心地《ひとごこち》のする者は皆命に代えて源氏を救おうと一所懸命になった。彼らは声を合わせて仏神に祈るのであった。
「帝王の深宮に育ちたまい、もろもろの歓楽に驕《お
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