りであった。幾日も雲の切れ目がないような空ばかりをながめて暮らしていると京のことも気がかりになって、自分という者はこうした心細い中で死んで行くのかと源氏は思われるのであるが、首だけでも外へ出すことのできない天気であったから京へ使いの出しようもない。二条の院のほうからその中を人が来た。濡《ぬ》れ鼠《ねずみ》になった使いである。雨具で何重にも身を固めているから、途中で行き逢っても人間か何かわからぬ形をした、まず奇怪な者として追い払わなければならない下侍に親しみを感じる点だけでも、自分はみじめな者になったと源氏はみずから思われた。夫人の手紙は、
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申しようのない長雨は空までもなくしてしまうのではないかという気がしまして須磨の方角をながめることもできません。

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浦風やいかに吹くらん思ひやる袖《そで》うち濡らし波間なき頃《ころ》
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 というような身にしむことが数々書かれてある。開封した時からもう源氏の涙は潮時《しおどき》が来たような勢いで、内から湧《わ》き上がってくる気がしたものであった。
「京でもこの雨風は天変だと申して、
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