ことは初めからの本意でもない、女の心を動かすことができずに帰るのは見苦しいとも思う源氏が追い追いに熱してくる言葉などは、明石の浦でされることが少し場所違いでもったいなく思われるものであった。几帳《きちょう》の紐《ひも》が動いて触れた時に、十三|絃《げん》の琴の緒《お》が鳴った。それによってさっきまで琴などを弾《ひ》いていた若い女の美しい室内の生活ぶりが想像されて、源氏はますます熱していく。
「今音が少ししたようですね。琴だけでも私に聞かせてくださいませんか」
とも源氏は言った。
[#ここから2字下げ]
むつ言を語りあはせん人もがなうき世の夢もなかば覚《さ》むやと
明けぬ夜にやがてまどへる心には何《いづ》れを夢と分《わ》きて語らん
[#ここで字下げ終わり]
前のは源氏の歌で、あとのは女の答えたものである。ほのかに言う様子は伊勢《いせ》の御息所《みやすどころ》にそっくり似た人であった。源氏がそこへはいって来ようなどとは娘の予期しなかったことであったから、それが突然なことでもあって、娘は立って近い一つの部屋へはいってしまった。そしてどうしたのか、戸はまたあけられないようにしてしまった。源氏はしいてはいろうとする気にもなっていなかった。しかし源氏が躊躇《ちゅうちょ》したのはほんの一瞬間のことで、結局は行く所まで行ってしまったわけである。女はやや背が高くて、気高《けだか》い様子の受け取れる人であった。源氏自身の内にたいした衝動も受けていないでこうなったことも、前生の因縁であろうと思うと、そのことで愛が湧《わ》いてくるように思われた。源氏から見て近まさりのした恋と言ってよいのである。平生は苦しくばかり思われる秋の長夜もすぐ明けていく気がした。人に知らせたくないと思う心から、誠意のある約束をした源氏は朝にならぬうちに帰った。
その翌日は手紙を送るのに以前よりも人目がはばかられる気もした。源氏の心の鬼からである。入道のほうでも公然のことにはしたくなくて、結婚の第二日の使いも、そのこととして派手《はで》に扱うようなことはしなかった。こんなことにも娘の自尊心は傷つけられたようである。それ以後時々源氏は通って行った。少し道程《みちのり》のある所でもあったから、土地の者の目につくことも思って間を置くのであるが、女のほうではあらかじめ愁《うれ》えていたことが事実になったように取って
前へ
次へ
全27ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング