んでいた。

[#ここから1字下げ]
「ひとり寝は君も知りぬやつれづれと思ひあかしのうら寂しさを
[#ここで字下げ終わり]

 私はまた長い間口へ出してお願いすることができませんで悶々《もんもん》としておりました」
 こう言うのに身は慄《ふる》わせているが、さすがに上品なところはあった。
「寂しいと言ってもあなたはもう法師生活に慣れていらっしゃるのですから」
 それから、

[#ここから2字下げ]
旅衣うら悲しさにあかしかね草の枕《まくら》は夢も結ばず
[#ここで字下げ終わり]

 戯談《じょうだん》まじりに言う、源氏にはまた平生入道の知らない愛嬌《あいきょう》が見えた。入道はなおいろいろと娘について言っていたが、読者はうるさいであろうから省いておく。まちがって書けばいっそう非常識な入道に見えるであろうから。
 やっと思いがかなった気がして、涼しい心に入道はなっていた。その翌日の昼ごろに源氏は山手の家へ手紙を持たせてやることにした。ある見識をもつ娘らしい、かえってこんなところに意外なすぐれた女がいるのかもしれないからと思って、心づかいをしながら手紙を書いた。朝鮮紙の胡桃《くるみ》色のものへきれいな字で書いた。

[#ここから2字下げ]
遠近《をちこち》もしらぬ雲井に眺《なが》めわびかすめし宿の梢《こずゑ》をぞとふ

[#ここから1字下げ]
思うには。(思ふには忍ぶることぞ負けにける色に出《い》でじと思ひしものを)
[#ここで字下げ終わり]
 こんなものであったようである。人知れずこの音信を待つために山手の家へ来ていた入道は、予期どおりに送られた手紙の使いを大騒ぎしてもてなした。娘は返事を容易に書かなかった。娘の居間へはいって行って勧めても娘は父の言葉を聞き入れない。返事を書くのを恥ずかしくきまり悪く思われるのといっしょに、源氏の身分、自己の身分の比較される悲しみを心に持って、気分が悪いと言って横になってしまった。これ以上勧められなくなって入道は自身で返事を書いた。
[#ここから1字下げ]
もったいないお手紙を得ましたことで、過分な幸福をどう処置してよいかわからぬふうでございます。
それをこんなふうに私は見るのでございます。

[#ここから2字下げ]
眺むらん同じ雲井を眺むるは思ひも同じ思ひなるらん

[#ここから1字下げ]
だろうと私には思われます。柄にもない風流気
前へ 次へ
全27ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング