く雁《かり》の列があった。源氏は、

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故郷《ふるさと》を何《いづ》れの春か行きて見ん羨《うらや》ましきは帰るかりがね
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 と言った。宰相は出て行く気がしないで、

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飽かなくに雁の常世《とこよ》を立ち別れ花の都に道やまどはん
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 と言って悲しんでいた。宰相は京から携えて来た心をこめた土産《みやげ》を源氏に贈った。源氏からはかたじけない客を送らせるためにと言って、黒馬を贈った。
「妙なものを差し上げるようですが、ここの風の吹いた時に、あなたのそばで嘶《いなな》くようにと思うからですよ」
 と言った。珍しいほどすぐれた馬であった。
「これは形見だと思っていただきたい」
 宰相も名高い品になっている笛を一つ置いて行った。人目に立って問題になるようなことは双方でしなかったのである。上って来た日に帰りを急ぎ立てられる気がして、宰相は顧みばかりしながら座を立って行くのを、見送るために続いて立った源氏は悲しそうであった。
「いつまたお逢いすることができるでしょう。このまま無限にあなたが捨て置かれるような
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