参りますが、お言《こと》づてがございませんか」
 と源氏は言ったが、宮のお返辞はしばらくなかった。躊躇《ちゅうちょ》をしておいでになる御様子である。

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見しは無く有るは悲しき世のはてを背《そむ》きしかひもなくなくぞ経《ふ》る
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 宮はお悲しみの実感が余って、歌としては完全なものがおできにならなかった。

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別れしに悲しきことは尽きにしをまたもこの世の憂《う》さは勝《まさ》れる
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 これは源氏の作である。やっと月が出たので、三条の宮を源氏は出て御陵へ行こうとした。供はただ五、六人つれただけである。下の侍も親しい者ばかりにして馬で行った。今さらなことではあるが以前の源氏の外出に比べてなんという寂しい一行であろう。家従たちも皆悲しんでいたが、その中に昔の斎院の御禊《みそぎ》の日に大将の仮の随身になって従って出た蔵人《くろうど》を兼ねた右近衛将曹《うこんえしょうそう》は、当然今年は上がるはずの位階も進められず、蔵人所の出仕は止められ、官を奪われてしまったので、これも進んで須磨へ行く一人になっている
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