臣が出て来て、最初に太后の御殿のほうへ見舞いに行ったのを、ちょうどまた雨がさっと音を立てて降り出していたので、源氏も尚侍も気がつかなかった。
 大臣は軽輩がするように突然座敷の御簾《みす》を上げて顔を出した。
「どうだね、とてもこわい晩だったから、こちらのことを心配していたが出て来られなかった。中将や宮の亮《すけ》は来ていたかね」
 などという様子が、早口で大臣らしい落ち着きも何もない。源氏は発見されたくないということに気をつかいながらも、この大臣を左大臣に比べて思ってみるとおかしくてならなかった。せめて座敷の中へはいってからものを言えばよかったのである。尚侍は困りながらいざり出て来たが、顔の赤くなっているのを大臣はまだ病気がまったく快《よ》くはなっていないのかと見た。熱があるのであろうと心配したのである。
「なぜあなたはこんな顔色をしているのだろう。しつこい物怪《もののけ》だからね。修法《しゅほう》をもう少しさせておけばよかった」
 こう言っている時に、淡《うす》お納戸《なんど》色の男の帯が尚侍の着物にまといついてきているのを大臣は見つけた。不思議なことであると思っていると、また男の懐中紙《ふところがみ》にむだ書きのしてあるものが几帳《きちょう》の前に散らかっているのも目にとまった。なんという恐ろしいことが起こっているのだろうと大臣は驚いた。
「それはだれが書いたものですか、変なものじゃないか。ください。だれの字であるかを私は調べる」
 と言われて振り返った尚侍は自身もそれを見つけた。もう紛らわす術《すべ》はないのである。返事のできることでもないのである。
 尚侍が失心したようになっているのであるから、大臣ほどの貴人であれば、娘が恥に堪えぬ気がするであろうという上品な遠慮がなければならないのであるが、そんな思いやりもなく、気短な、落ち着きのない大臣は、自身で紙を手で拾った時に几帳の隙《すき》から、なよなよとした姿で、罪を犯している者らしく隠れようともせず、のんびりと横になっている男も見た。大臣に見られてはじめて顔を夜着の中に隠して紛らわすようにした。大臣は驚愕《きょうがく》した。無礼《ぶれい》だと思った。くやしくてならないが、さすがにその場で面と向かって怒りを投げつけることはできなかったのである。目もくらむような気がして歌の書かれた紙を持って寝殿へ行ってしまった。
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