源氏の愛を不安がる様子の見えるのが可憐《かれん》であった。幾人かの人を思う幾つかの煩悶《はんもん》は外へ出て、この人の目につくほどのことがあったのであろう、「色変はる」というような歌を詠《よ》んできたのではないかと哀れに思って、源氏は常よりも強い愛を夫人に感じた。山から折って帰った紅葉《もみじ》は庭のに比べるとすぐれて紅《あか》くきれいであったから、それを、長く何とも手紙を書かないでいることによって、また堪えがたい寂しさも感じている源氏は、ただ何でもない贈り物として、御所においでになる中宮《ちゅうぐう》の所へ持たせてやった。手紙は命婦《みょうぶ》へ書いたのであった。
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珍しく御所へおはいりになりましたことを伺いまして、両宮様いずれへも御無沙汰《ごぶさた》しておりますので、その際にも上がってみたかったのですが、しばらく宗教的な勉強をしようとその前から思い立っていまして、日どりなどを決めていたものですから失礼いたしました。紅葉《もみじ》は私一人で見ていましては、錦を暗い所へ置いておく気がしてなりませんから持たせてあげます。よろしい機会に宮様のお目にかけてください。
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 と言うのである。実際珍しいほどにきれいな紅葉であったから、中宮も喜んで見ておいでになったが、その枝に小さく結んだ手紙が一つついていた。女房たちがそれを見つけ出した時、宮はお顔の色も変わって、まだあの心を捨てていない、同情心の深いりっぱな人格を持ちながら、こうしたことを突発的にする矛盾があの人にある、女房たちも不審を起こすに違いないと反感をお覚えになって、瓶《かめ》に挿《さ》させて、庇《ひさし》の間《ま》の柱の所へ出しておしまいになった。
 ただのこと、東宮の御上についてのことなどには信頼あそばされることを、丁寧に感情を隠して告げておよこしになる中宮を、どこまでも理智《りち》だけをお見せになると源氏は恨んでいた。東宮のお世話はことごとく源氏がしていて、それを今度に限って冷淡なふうにしてみせては人が怪しがるであろうと思って、源氏は中宮が御所をお出になる日に行った。まず帝《みかど》のほうへ伺ったのである。帝はちょうどお閑暇《ひま》で、源氏を相手に昔の話、今の話をいろいろとあそばされた。帝の御容貌は院によく似ておいでになって、それへ艶《えん》な分子がいくぶん加わった、
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