が自分に捨てえられない理由はなかろうと思うのといっしょに紫の女王《にょおう》が気がかりになったというのは、たいした道心でもないわけである。幾日かを外で暮らすというようなことをこれまで経験しなかった源氏は恋妻に手紙を何度も書いて送った。
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出家ができるかどうかと試みているのですが、寺の生活は寂しくて、心細さがつのるばかりです。もう少しいて法師たちから教えてもらうことがあるので滞留しますが、あなたはどうしていますか。
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 などと檀紙に飾り気もなく書いてあるのが美しかった。

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あさぢふの露の宿りに君を置きて四方《よも》の嵐《あらし》ぞしづ心なき
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 という歌もある情のこもったものであったから紫夫人も読んで泣いた。返事は白い式紙《しきし》に、

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風吹けば先《ま》づぞ乱るる色かはる浅茅《あさぢ》が露にかかるささがに
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 とだけ書かれてあった。
「字はますますよくなるようだ」
 と独言《ひとりごと》を言って、微笑しながらながめていた。始終手紙や歌を書き合っている二人は、夫人の字がまったく源氏のに似たものになっていて、それよりも少し艶《えん》な女らしいところが添っていた。どの点からいっても自分は教育に成功したと源氏は思っているのである。斎院のいられる加茂はここに近い所であったから手紙を送った。女房の中将あてのには、
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物思いがつのって、とうとう家を離れ、こんな所に宿泊していますことも、だれのためであるかとはだれもご存じのないことでしょう。
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 などと恨みが述べてあった。当の斎院には、

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かけまくも畏《かしこ》けれどもそのかみの秋思ほゆる木綿襷《ゆふだすき》かな

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昔を今にしたいと思いましてもしかたのないことですね。自分の意志で取り返しうるもののように。
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 となれなれしく書いた浅緑色の手紙を、榊《さかき》に木綿《ゆう》をかけ神々《こうごう》しくした枝につけて送ったのである。中将の返事は、
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同じような日ばかりの続きます退屈さからよく昔のことを思い出してみるのでございますが、それによってあなた様を聯想
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