、美しくて、艶《えん》で、若々しくて男の心を十分に惹《ひ》く力があった。もうつい夜が明けていくのではないかと思われる頃、すぐ下の庭で、
「宿直《とのい》をいたしております」
 と高い声で近衛《このえ》の下士が言った。中少将のだれかがこの辺の女房の局《つぼね》へ来て寝ているのを知って、意地悪な男が教えてわざわざ挨拶《あいさつ》をさせによこしたに違いないと源氏は聞いていた。御所の庭の所々をこう言ってまわるのは感じのいいものであるがうるさくもあった。また庭のあなたこなたで「寅《とら》一つ」(午前四時)と報じて歩いている。

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心からかたがた袖《そで》を濡《ぬ》らすかな明くと教ふる声につけても
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 尚侍のこう言う様子はいかにもはかなそうであった。

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歎《なげ》きつつ我が世はかくて過ぐせとや胸のあくべき時ぞともなく
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 落ち着いておられなくて源氏は別れて出た。まだ朝に遠い暁月夜で、霧が一面に降っている中を簡単な狩衣《かりぎぬ》姿で歩いて行く源氏は美しかった。この時に承香殿《じょうきょうでん》の女御《にょご》の兄である頭中将《とうのちゅうじょう》が、藤壺《ふじつぼ》の御殿から出て、月光の蔭《かげ》になっている立蔀《たてじとみ》の前に立っていたのを、不幸にも源氏は知らずに来た。批難の声はその人たちの口から起こってくるであろうから。
 源氏は尚侍とまた新しく作ることのできた関係によっても、隙《すき》をまったくお見せにならない中宮《ちゅうぐう》をごりっぱであると認めながらも、恋する心に恨めしくも悲しくも思うことが多かった。御所へ参内することも気の進まない源氏であったが、そのために東宮にお目にかからないことを寂しく思っていた。東宮のためにはほかの後援者がなく、ただ源氏だけを中宮も力にしておいでになったが、今になっても源氏は宮を御当惑させるようなことを時々した。院が最後まで秘密の片はしすらご存じなしにお崩《かく》れになったことでも、宮は恐ろしい罪であると感じておいでになったのに、今さらまた悪名《あくみょう》の立つことになっては、自分はともかくも東宮のために必ず大きな不幸が起こるであろうと、宮は御心配になって、源氏の恋を仏力《ぶつりき》で止めようと、ひそかに祈祷《きとう》までもさせてできる限り
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