あった。声のよい僧を選んで念仏をさせておく、こんな夜の明け方などの心持ちは堪えられないものであった。秋が深くなったこのごろの風の音《ね》が身にしむのを感じる、そうしたある夜明けに、白菊が淡色《うすいろ》を染めだした花の枝に、青がかった灰色の紙に書いた手紙を付けて、置いて行った使いがあった。
「気どったことをだれがするのだろう」
 と源氏は言って、手紙をあけて見ると御息所の字であった。
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今まで御遠慮してお尋ねもしないでおりました私の心持ちはおわかりになっていらっしゃることでしょうか。

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人の世を哀れときくも露けきにおくるる露を思ひこそやれ

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あまりに身にしむ今朝《けさ》の空の色を見ていまして、つい書きたくなってしまったのです。
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 平生よりもいっそうみごとに書かれた字であると源氏はさすがにすぐに下へも置かれずにながめながらも、素知らぬふりの慰問状であると思うと恨めしかった。たとえあのことがあったとしても絶交するのは残酷である、そしてまた名誉を傷つけることになってはならないと思って源氏は煩悶《は
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