がいい。孫の内親王たちのために将来兄として力になってもらいたいと願っている大臣の家《うち》だから」
など仰せられた。ことに美しく装って、ずっと日が暮れてから待たれて源氏は行った。桜の色の支那錦《しなにしき》の直衣《のうし》、赤紫の下襲《したがさね》の裾《すそ》を長く引いて、ほかの人は皆正装の袍《ほう》を着て出ている席へ、艶《えん》な宮様姿をした源氏が、多数の人に敬意を表されながらはいって行った。桜の花の美がこの時にわかに減じてしまったように思われた。音楽の遊びも済んでから、夜が少しふけた時分である。源氏は酒の酔いに悩むふうをしながらそっと席を立った。中央の寝殿《しんでん》に女一《にょいち》の宮《みや》、女三の宮が住んでおいでになるのであるが、そこの東の妻戸の口へ源氏はよりかかっていた。藤《ふじ》はこの縁側と東の対の間の庭に咲いているので、格子は皆上げ渡されていた。御簾《みす》ぎわには女房が並んでいた。その人たちの外へ出している袖口《そでぐち》の重なりようの大ぎょうさは踏歌《とうか》の夜の見物席が思われた。今日などのことにつりあったことではないと見て、趣味の洗練された藤壺辺のことがなつかしく源氏には思われた。
「苦しいのにしいられた酒で私は困っています。もったいないことですがこちらの宮様にはかばっていただく縁故があると思いますから」
妻戸に添った御簾の下から上半身を少し源氏は中へ入れた。
「困ります。あなた様のような尊貴な御身分の方は親類の縁故などをおっしゃるものではございませんでしょう」
と言う女の様子には、重々しさはないが、ただの若い女房とは思われぬ品のよさと美しい感じのあるのを源氏は認めた。薫物《たきもの》が煙いほどに焚《た》かれていて、この室内に起《た》ち居《い》する女の衣摺《きぬず》れの音がはなやかなものに思われた。奥ゆかしいところは欠けて、派手《はで》な現代型の贅沢《ぜいたく》さが見えるのである。令嬢たちが見物のためにこの辺へ出ているので、妻戸がしめられてあったものらしい。貴女《きじょ》がこんな所へ出ているというようなことに賛意は表されなかったが、さすがに若い源氏としておもしろいことに思われた。この中のだれを恋人と見分けてよいのかと源氏の胸はとどろいた。「扇を取られてからき目を見る」(高麗人《こまうど》に帯を取られてからき目を見る)戯談《じょうだん》
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