ていた。源氏の洗面の水も、朝の食事もこちらへ運ばれた。遅《おそ》くなってから起きて、源氏は少納言に、
「女房たちがいないでは不自由だろうから、あちらにいた何人かを夕方ごろに迎えにやればいい」
と言って、それから特に小さい者だけが来るようにと東の対《たい》のほうへ童女を呼びにやった。しばらくして愛らしい姿の子が四人来た。女王は着物にくるまったままでまだ横になっていたのを源氏は無理に起こして、
「私に意地悪をしてはいけませんよ。薄情な男は決してこんなものじゃありませんよ。女は気持ちの柔らかなのがいいのですよ」
もうこんなふうに教え始めた。姫君の顔は少し遠くから見ていた時よりもずっと美しかった。気に入るような話をしたり、おもしろい絵とか遊び事をする道具とかを東の対へ取りにやるとかして、源氏は女王の機嫌《きげん》を直させるのに骨を折った。やっと起きて喪服のやや濃い鼠《ねずみ》の服の着古して柔らかになったのを着た姫君の顔に笑《え》みが浮かぶようになると、源氏の顔にも自然笑みが上った。源氏が東の対へ行ったあとで姫君は寝室を出て、木立ちの美しい築山《つきやま》や池のほうなどを御簾《みす》の中からのぞくと、ちょうど霜枯れ時の庭の植え込みが描《か》いた絵のようによくて、平生見ることの少ない黒の正装をした四位や、赤を着た五位の官人がまじりまじりに出はいりしていた。源氏が言っていたようにほんとうにここはよい家であると女王は思った。屏風にかかれたおもしろい絵などを見てまわって、女王はたよりない今日の心の慰めにしているらしかった。
源氏は二、三日御所へも出ずにこの人をなつけるのに一所懸命だった。手本帳に綴《と》じさせるつもりの字や絵をいろいろに書いて見せたりしていた。皆美しかった。「知らねどもむさし野と云《い》へばかこたれぬよしやさこそは紫の故《ゆゑ》」という歌の紫の紙に書かれたことによくできた一枚を手に持って姫君はながめていた。また少し小さい字で、
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ねは見ねど哀れとぞ思ふ武蔵野《むさしの》の露分けわぶる草のゆかりを
[#ここで字下げ終わり]
とも書いてある。
「あなたも書いてごらんなさい」
と源氏が言うと、
「まだよくは書けませんの」
見上げながら言う女王の顔が無邪気でかわいかったから、源氏は微笑をして言った。
「まずくても書かないのはよくない。教え
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