感じである。
源氏はすぐ隣の室でもあったからこの座敷の奥に立ててある二つの屏風《びょうぶ》の合わせ目を少し引きあけて、人を呼ぶために扇を鳴らした。先方は意外に思ったらしいが、無視しているように思わせたくないと思って、一人の女が膝行《いざり》寄って来た。襖子《からかみ》から少し遠いところで、
「不思議なこと、聞き違えかしら」
と言うのを聞いて、源氏が、
「仏の導いてくださる道は暗いところもまちがいなく行きうるというのですから」
という声の若々しい品のよさに、奥の女は答えることもできない気はしたが、
「何のお導きでございましょう、こちらでは何もわかっておりませんが」
と言った。
「突然ものを言いかけて、失敬だとお思いになるのはごもっともですが、
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初草の若葉の上を見つるより旅寝の袖《そで》も露ぞ乾《かわ》かぬ
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と申し上げてくださいませんか」
「そのようなお言葉を頂戴《ちょうだい》あそばす方がいらっしゃらないことはご存じのようですが、どなたに」
「そう申し上げるわけがあるのだとお思いになってください」
源氏がこう言うので、女房は奥へ行ってそう言った。
まあ艶《えん》な方らしい御挨拶である、女王《にょおう》さんがもう少し大人になっているように、お客様は勘違いをしていられるのではないか、それにしても若草にたとえた言葉がどうして源氏の耳にはいったのであろうと思って、尼君は多少不安な気もするのである。しかし返歌のおそくなることだけは見苦しいと思って、
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「枕《まくら》結《ゆ》ふ今宵《こよひ》ばかりの露けさを深山《みやま》の苔《こけ》にくらべざらなん
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とてもかわく間などはございませんのに」
と返辞をさせた。
「こんなお取り次ぎによっての会談は私に経験のないことです。失礼ですが、今夜こちらで御厄介《ごやっかい》になりましたのを機会にまじめに御相談のしたいことがございます」
と源氏が言う。
「何をまちがえて聞いていらっしゃるのだろう。源氏の君にものを言うような晴れがましいこと、私には何もお返辞なんかできるものではない」
尼君はこう言っていた。
「それでも冷淡なお扱いをするとお思いになるでございましょうから」
と言って、人々は尼君の出るのを勧めた。
「そうだね、
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