手紙の内容は省略する。贈り物の使いは帰ってしまったが、そのあとで空蝉は小君《こぎみ》を使いにして小袿《こうちぎ》の返歌だけをした。

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蝉の羽もたち変へてける夏ごろもかへすを見ても音《ね》は泣かれけり
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 源氏は空蝉を思うと、普通の女性のとりえない態度をとり続けた女ともこれで別れてしまうのだと歎《なげ》かれて、運命の冷たさというようなものが感ぜられた。
 今日《きょう》から冬の季にはいる日は、いかにもそれらしく、時雨《しぐれ》がこぼれたりして、空の色も身に沁《し》んだ。終日源氏は物思いをしていて、

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過ぎにしも今日別るるも二みちに行く方《かた》知らぬ秋の暮《くれ》かな
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 などと思っていた。秘密な恋をする者の苦しさが源氏にわかったであろうと思われる。
 こうした空蝉とか夕顔とかいうようなはなやかでない女と源氏のした恋の話は、源氏自身が非常に隠していたことがあるからと思って、最初は書かなかったのであるが、帝王の子だからといって、その恋人までが皆完全に近い女性で、いいことばかりが書かれているではないかといって、仮作したもののように言う人があったから、これらを補って書いた。なんだか源氏に済まない気がする。



底本:「全訳源氏物語 上巻」角川文庫、角川書店
   1971(昭和46)年8月10日改版初版発行
   1994(平成6)年12月20日56版発行
※このファイルは、古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)で入力されたものを、青空文庫形式にあらためて作成しました。
※校正には、2002(平成14)年4月5日71版を使用しました。
入力:上田英代
校正:小林繁雄、鈴木厚司
2003年4月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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