、自分は一時的な対象にされているにすぎないのだとお言いになっては寂しがっていらっしゃいました」
右近がこう言う。
「つまらない隠し合いをしたものだ。私の本心ではそんなにまで隠そうとは思っていなかった。ああいった関係は私に経験のないことだったから、ばかに世間がこわかったのだ。御所の御注意もあるし、そのほかいろんな所に遠慮があってね。ちょっとした恋をしても、それを大問題のように扱われるうるさい私が、あの夕顔の花の白かった日の夕方から、むやみに私の心はあの人へ惹《ひ》かれていくようになって、無理な関係を作るようになったのもしばらくしかない二人の縁だったからだと思われる。しかしまた恨めしくも思うよ。こんなに短い縁よりないのなら、あれほどにも私の心を惹いてくれなければよかったとね。まあ今でもよいから詳しく話してくれ、何も隠す必要はなかろう。七日七日に仏像を描《か》かせて寺へ納めても、名を知らないではね。それを表に出さないでも、せめて心の中でだれの菩提《ぼだい》のためにと思いたいじゃないか」
と源氏が言った。
「お隠しなど決してしようとは思っておりません。ただ御自分のお口からお言いにならなかったことを、お亡《かく》れになってからおしゃべりするのは済まないような気がしただけでございます。御両親はずっと前にお亡《な》くなりになったのでございます。殿様は三位《さんみ》中将でいらっしゃいました。非常にかわいがっていらっしゃいまして、それにつけても御自身の不遇をもどかしく思召《おぼしめ》したでしょうが、その上寿命にも恵まれていらっしゃいませんで、お若くてお亡《な》くなりになりましたあとで、ちょっとしたことが初めで頭中将《とうのちゅうじょう》がまだ少将でいらっしったころに通っておいでになるようになったのでございます。三年間ほどは御愛情があるふうで御関係が続いていましたが、昨年の秋ごろに、あの方の奥様のお父様の右大臣の所からおどすようなことを言ってまいりましたのを、気の弱い方でございましたから、むやみに恐ろしがっておしまいになりまして、西の右京のほうに奥様の乳母《めのと》が住んでおりました家へ隠れて行っていらっしゃいましたが、その家もかなりひどい家でございましたからお困りになって、郊外へ移ろうとお思いになりましたが、今年は方角が悪いので、方角|避《よ》けにあの五条の小さい家へ行っておいで
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