の家へ来た。紀伊守は驚きながら、
「前栽《せんざい》の水の名誉でございます」
こんな挨拶《あいさつ》をしていた。小君《こぎみ》の所へは昼のうちからこんな手はずにすると源氏は言ってやってあって、約束ができていたのである。
始終そばへ置いている小君であったから、源氏はさっそく呼び出した。女のほうへも手紙は行っていた。自身に逢おうとして払われる苦心は女の身にうれしいことではあったが、そうかといって、源氏の言うままになって、自己が何であるかを知らないように恋人として逢う気にはならないのである。夢であったと思うこともできる過失を、また繰り返すことになってはならぬとも思った。妄想《もうそう》で源氏の恋人気どりになって待っていることは自分にできないと女は決めて、小君が源氏の座敷のほうへ出て行くとすぐに、
「あまりお客様の座敷に近いから失礼な気がする。私は少しからだが苦しくて、腰でもたたいてほしいのだから、遠い所のほうが都合がよい」
と言って、渡殿《わたどの》に持っている中将という女房の部屋《へや》へ移って行った。初めから計画的に来た源氏であるから、家従たちを早く寝させて、女へ都合を聞かせに小君
前へ
次へ
全59ページ中55ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング