で源氏は居間へ呼んだ。
「昨日《きのう》も一日おまえを待っていたのに出て来なかったね。私だけがおまえを愛していても、おまえは私に冷淡なんだね」
恨みを言われて、小君は顔を赤くしていた。
「返事はどこ」
小君はありのままに告げるほかに術《すべ》はなかった。
「おまえは姉さんに無力なんだね、返事をくれないなんて」
そう言ったあとで、また源氏から新しい手紙が小君に渡された。
「おまえは知らないだろうね、伊予の老人よりも私はさきに姉さんの恋人だったのだ。頸《くび》の細い貧弱な男だからといって、姉さんはあの不恰好《ぶかっこう》な老人を良人《おっと》に持って、今だって知らないなどと言って私を軽蔑《けいべつ》しているのだ。けれどもおまえは私の子になっておれ。姉さんがたよりにしている人はさきが短いよ」
と源氏がでたらめを言うと、小君はそんなこともあったのか、済まないことをする姉さんだと思う様子をかわいく源氏は思った。小君は始終源氏のそばに置かれて、御所へもいっしょに連れられて行ったりした。源氏は自家の衣裳係《いしょうがかり》に命じて、小君の衣服を新調させたりして、言葉どおり親代わりらしく世話をしていた。女は始終源氏から手紙をもらった。けれども弟は子供であって、不用意に自分の書いた手紙を落とすようなことをしたら、もとから不運な自分がまた正しくもない恋の名を取って泣かねばならないことになるのはあまりに自分がみじめであるという考えが根底になっていて、恋を得るということも、こちらにその人の対象になれる自信のある場合にだけあることで、自分などは光源氏の相手になれる者ではないと思う心から返事をしないのであった。ほのかに見た美しい源氏を思い出さないわけではなかったのである。真実の感情を源氏に知らせてもさて何にもなるものでないと、苦しい反省をみずから強いている女であった。源氏はしばらくの間もその人が忘られなかった。気の毒にも思い恋しくも思った。女が自分とした過失に苦しんでいる様子が目から消えない。本能のおもむくままに忍んであいに行くことも、人目の多い家であるからそのことが知れては困ることになる、自分のためにも、女のためにもと思っては煩悶《はんもん》をしていた。
例のようにまたずっと御所にいた頃、源氏は方角の障《さわ》りになる日を選んで、御所から来る途中でにわかに気がついたふうをして紀伊守
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