の近くのほうへ行って寝ます。暗いなあ」
子供は燈心を掻《か》き立てたりするものらしかった。女は襖子の所からすぐ斜《すじか》いにあたる辺で寝ているらしい。
「中将はどこへ行ったの。今夜は人がそばにいてくれないと何だか心細い気がする」
低い下の室のほうから、女房が、
「あの人ちょうどお湯にはいりに参りまして、すぐ参ると申しました」
と言っていた。源氏はその女房たちも皆寝静まったころに、掛鉄《かけがね》をはずして引いてみると襖子はさっとあいた。向こう側には掛鉄がなかったわけである。そのきわに几帳《きちょう》が立ててあった。ほのかな灯《ひ》の明りで衣服箱などがごたごたと置かれてあるのが見える。源氏はその中を分けるようにして歩いて行った。
小さな形で女が一人寝ていた。やましく思いながら顔を掩《おお》うた着物を源氏が手で引きのけるまで女は、さっき呼んだ女房の中将が来たのだと思っていた。
「あなたが中将を呼んでいらっしゃったから、私の思いが通じたのだと思って」
と源氏の宰相中将《さいしょうのちゅうじょう》は言いかけたが、女は恐ろしがって、夢に襲われているようなふうである。「や」と言うつもりがあるが、顔に夜着がさわって声にはならなかった。
「出来心のようにあなたは思うでしょう。もっともだけれど、私はそうじゃないのですよ。ずっと前からあなたを思っていたのです。それを聞いていただきたいのでこんな機会を待っていたのです。だからすべて皆|前生《ぜんしょう》の縁が導くのだと思ってください」
柔らかい調子である。神様だってこの人には寛大であらねばならぬだろうと思われる美しさで近づいているのであるから、露骨に、
「知らぬ人がこんな所へ」
ともののしることができない。しかも女は情けなくてならないのである。
「人まちがえでいらっしゃるのでしょう」
やっと、息よりも低い声で言った。当惑しきった様子が柔らかい感じであり、可憐《かれん》でもあった。
「違うわけがないじゃありませんか。恋する人の直覚であなただと思って来たのに、あなたは知らぬ顔をなさるのだ。普通の好色者がするような失礼を私はしません。少しだけ私の心を聞いていただけばそれでよいのです」
と言って、小柄な人であったから、片手で抱いて以前の襖子《からかみ》の所へ出て来ると、さっき呼ばれていた中将らしい女房が向こうから来た。
「ちょ
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