その人が軽蔑《けいべつ》されるようになります。何にでも時と場合があるのに、それに気がつかないほどの人間は風流ぶらないのが無難ですね。知っていることでも知らぬ顔をして、言いたいことがあっても機会を一、二度ははずして、そのあとで言えばよいだろうと思いますね」
 こんなことがまた左馬頭《さまのかみ》によって言われている間にも、源氏は心の中でただ一人の恋しい方のことを思い続けていた。藤壺《ふじつぼ》の宮は足りない点もなく、才気の見えすぎる方でもないりっぱな貴女《きじょ》であるとうなずきながらも、その人を思うと例のとおりに胸が苦しみでいっぱいになった。いずれがよいのか決められずに、ついには筋の立たぬものになって朝まで話し続けた。
 やっと今日は天気が直った。源氏はこんなふうに宮中にばかりいることも左大臣家の人に気の毒になってそこへ行った。一糸の乱れも見えぬというような家であるから、こんなのがまじめということを第一の条件にしていた、昨夜の談話者たちには気に入るところだろうと源氏は思いながらも、今も初めどおりに行儀をくずさぬ、打ち解けぬ夫人であるのを物足らず思って、中納言の君、中務《なかつかさ》などという若いよい女房たちと冗談《じょうだん》を言いながら、暑さに部屋着だけになっている源氏を、その人たちは美しいと思い、こうした接触が得られる幸福を覚えていた。大臣も娘のいるほうへ出かけて来た。部屋着になっているのを知って、几帳《きちょう》を隔てた席について話そうとするのを、
「暑いのに」
 と源氏が顔をしかめて見せると、女房たちは笑った。
「静かに」
 と言って、脇息《きょうそく》に寄りかかった様子にも品のよさが見えた。
 暗くなってきたころに、
「今夜は中神のお通り路《みち》になっておりまして、御所からすぐにここへ来てお寝《やす》みになってはよろしくございません」
 という、源氏の家従たちのしらせがあった。
「そう、いつも中神は避けることになっているのだ。しかし二条の院も同じ方角だから、どこへ行ってよいかわからない。私はもう疲れていて寝てしまいたいのに」
 そして源氏は寝室にはいった。
「このままになすってはよろしくございません」
 また家従が言って来る。紀伊守《きいのかみ》で、家従の一人である男の家のことが上申される。
「中川辺でございますがこのごろ新築いたしまして、水などを庭へ引
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