ます。彼らはその家屋と庭園とを公開して民衆と共に楽もうとするような新理想主義的な雅懐を持っていないのです。また家族制度の下に家系に繋《つな》がる特殊の栄誉を世襲する彼らは、祖先の美名と現在の爵位とを誇示して、他の一般民衆と分離し、幾段か高い名門貴種の人であることを是認せしめようとします。みすぼらしい家屋に住んで、平凡無能な祖先しか持たず、その上に何らの社会的地位もない私たち大多数の無産者に取って、最も頑固な家族制度の中に旧式な生活を維持している大華族や大富豪ほど四民平等的の親《したし》みを持ちがたい者はありません。今は成金と称する新富豪さえも彼らに擬して、その邸宅と日常生活を民衆と区別し、その称呼をも御前様お姫様を以て自ら僭《せん》しつつあります。家族制度の結合が固まるほど社会と極端に分離する性質のものであることは高田氏のお説の通りだと思います。
私はまた家族制度に由って縛《しば》られた生活ほど、唯今の時代においては、道徳的に不良な状態にあるものはないという事を附け加えずにいられません。この制度の下にあっては、家長の命令が至上権を持っています。父母の保護監督を必要とする少年期にはともかく、それ以上の年齢に達して自由意志を持つ青年男女が、自己の権利と責任観念とに由って自主的に自己の欲求する行動を取り難いということは、いうまでもなく非常の苦痛です。彼らはカントのいわゆる自己目的のために存在する独立の人格者でなくて、家長の意志に由って左右される第二次的人間として存在せねばならないのです。これがために家長と家族との間に忌《いま》わしい反目があり衝突があります。親と子と、兄と弟とが同じ屋根の下に住んで見苦しいかつ悲しい争闘を続けている家庭というものは、我国の現在において随所に発見することが出来ます。女子が良人の選択権を持たず、家長の意志のままに恋愛のない結婚に盲従してしまうのもこの制度のためです。舅姑の勢力が嫁に対して良人より勝《まさ》っているのもこの制度のためです。男子の遊蕩を寛仮《かんか》して妻妾の併存を認容するのも、男女道徳以上に血統を重視する家族制度の特権であるのです。この制度の中に因習的に住む者が思想感情の乖離《かいり》と、物質的福利の争奪と嫉妬とに由って、常に複雑にして醜悪な小人的の私闘を絶たない事は、家族の延長である我国の親族関係において特に顕著であって、この
前へ
次へ
全11ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング