子は頭《つむり》を下げた。
『大きくなりましたね、髪が長くなりましたねえ。』
 嬉しさうに鏡子は云つた。元禄袖の双子《ふたご》は一つ齢《とし》下の従妹《いとこ》を左右から囲んで坐つた。暫く直つて居た榮子の頬の慄《ふる》へが母の膝に抱かれるのと一緒にまた烈《はげ》しくなつてきた。鏡子は榮子が預けてあつた里の家から帰つて来て半月《はんげつ》程で旅立つたのであるから、この子に就いての近い過去としては、里から附いて来た娘のことを、とうとの姉《ねえ》やと呼んで、いくら抱かうとしても、
『とうとの姉《ねえ》やだあい。』
 と叫泣《さけびなき》をされた記憶しかない。遠い昔にはその丸十一ケ月前に生れて牛乳で育てられて居た晨がひよわな子で、どうしても今度生れたのは乳母を雇ふか里へ預けるかして育てねばならない事になつて、[#「、」は底本では脱落]乳母と云ふ鏡子の望む方の事は月に小《こ》二十円の費《かゝ》りが入ると云ふので靜の恩家《おんか》への遠慮で実行する事が出来ずに、里へ預ける事になつた時、未《ま》だ産後十七日|位《ぐらゐ》の身体《からだ》で神田の小川町へ、榮子に持たせてやる涎掛《よだれかけ》だの帽子だのの買物に行つた其《その》日の悲しい寂しい思ひ出がある。里親夫婦が自身達よりも美服した裕福な品のある人達であるのを嬉しく思ひながら、榮子が明日《あす》から居る処をみじめな田舎|家《や》とばかり想像されて、ねんねこの掛襟《かけえり》を掛けながら泣いて居たのも鏡子だつたのである。
『榮子に乳《ちゝ》を飲ませて上げようか。』
 鏡子は白い胸を開《あ》けた。六年程子の口の触れない乳《ちゝ》は処女の乳《ちゝ》のやうに少《ちいさ》く盛り上つたに過ぎないのである。
『厭《いや》、厭《いや》。』
 榮子は首を振つた。
『ぢやあまた欲《ほ》しい時に上げませうね。』
 と云つて鏡子は襟を合《あは》せた。何時《いつ》の間にか千枝子も伯母の膝にもたれて居た。お照が千枝子に二言《ふたこと》三言《みこと》物を云つて[#「云つて」は底本では「立つて」]行《ゆ》かうとすると榮子がわつと泣き出した。鏡子は手を放して子を立たせた。お照は走つて寄つた榮子を、
『いけません。』
 と突き飛ばして行つてしまつた。榮子は直《す》ぐ起き上つて走つて行つた。
『千枝子さんはお悧口《りこう》ね。』
 かう云つて鏡子は姪に頬|擦《ず》り
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