分がこうだと思っている通りが出ています。する事や書く事の上を掩《おお》っている薄絹は、はたから透かして見にくいと申そうよりは、自分で透かして見にくいと申すべきでございましょう。
 わたくしの最初に差上げた手紙を例にして申しましょう。わたくしはあなたに誓って正直なところを申します。わたくしの意志は、あなたにまたお目に掛かって、御相談がいたしたい、ただのお話もいたしたい、なんでもあなたがそうしろとおっしゃる通りにいたしてみたい、昔の御交際を喚び戻したいと云うだけでございました。そういたしたら、今の苦しい心持を和げることが出来よう、わたくしはそこに安心を得ることが出来ようと存じたのでございます。こう云う意志であの手紙は書いたのでございます。そして一昨日までは自分でもたしかにそうだと信じていました。ただあとから考えてみますと、あの手紙の末に書き添えました事だけが、いかにも不謹慎なようでございます。しかしあれは手紙が出来てしまってから、ふいと器械的に書いたのでございます。あのわたくしの顔がどうの姿がどうのと書きました、あの文句でございますね。
 あなたは心理学者でいらっしゃるから、そう思召しますでしょうが、あれなんぞが本当に女らしいいたしかたではございませんか。女と云うものは本当に衝動的なものでございますね。わたくし達は衝動に騙《だま》されて、咄嗟《とっさ》の間にいろんな事をいたします。そしてその時はその動機を認めずにいるのでございます。それを男の方が狡猾《こうかつ》だとおっしゃるのでございます。
 そこであの手紙を差上げます。電報の御返事が参ります。女中を連れてパリイへ出て、ロメエヌ町の家に落ち着いて、あなたを御待ち受け申します。その時も多少興奮いたしているようではございましたが、自分のする事が心配になるとか、気づかわしいとか云うことはございませんでした。興奮いたしているとは存じましても、それがあなたに恋をしているからだなんぞとは思いませんでした。とうとうわたくしは恋と云う字を書いてしまいました。これを書いてしまえば、わたくしは重荷を卸したと申しましてもよろしゅうございます。もうこれでわたくしがあなたを騙したのだとはおっしゃいますまい。わたくしは安んじて恋と云う字を書きます。私の申しわけ、わたくしの取留めの無い挙動の申しわけはこの一字に在るのでございます。
 ピエエルさん。
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